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あおのロンド 1


「おめでとう!」
「乾杯!」
「チンチン!」
「トースト!」
 なぜか各国語入り乱れて、レストラン《モンテ・リッソ》右奥のテーブルから歓声が沸き起こった。 左の楕円形テーブルで人待ち顔に座っていた三人の若い娘たちが、その声に驚いててんでに顔を振り向けた。
 ひとりが不快そうに呟いた。
「派手ねえ」
 隣りの花柄シャネルをまとった女性が、吐き捨てるように言った。
「見せびらかしてるんでしょ、私の周りには超絶美形がこんなに一杯って」
「確かに二人は凄い。 標準はるかに越えてるけど、あのうるさいおじさんはちょっと」
「それだってただのおじさんじゃないわよ。 カリスマ・メーキャップアーティストの、ええと……」
「ライリー丘!」
 残りの二人が口をそろえて言ったので、大きい声ではなかったのに響き渡ってしまった。
 右のテーブルから、首が一つだけ回って娘たちの方に向き、どんぐり眼がじろっと睨んだ。 シャネルと隣りのフェンディは、急いで視線を逸らし、テーブルの真ん中に活けてあるクリーム色のバラを眺めたり、窓の外に目をやったりした。

「まったく今の子は、礼儀知らずが多いんだから」
 プンとした表情で、ライリー丘は向き直りながらぼやいた。 やや浅黒い童顔で、おじさんというには気の毒なほど若く見える。 しかし、軽い外見とは異なり、ライリーはフランスやニューヨークに修業に行ったことのある腕利きの美容師で、普通の女性を美女に、美人をさらに美しくすると引っ張りだこになっていた。
「それだけ有名なんだよ。 いいじゃない」
 慰めたのかたしなめたのかわからない口調で、横に座る青年がさらっと言った。 これがさっき娘たちをうらやましがらせていた美男一号で、栗色がかった髪と、きらめくグリーンの眼が印象的だった。
「でもさ、呼び捨てよ。 せめてライリーさん、とか言ってくれれば、サインぐらいしてあげるのにさ」
「サインは別に要らないんじゃないの。 つんつんした顔してるもん。 あの子たち、雰囲気がセレブってるよ。 ガネーゼかなんかじゃない?」
「崩れた日本語はやめましょう」
 ぴしっとした口調で、ライリーは言い返した。
「ガネーゼって何よ」
「白金ーゼ。 都心の高級マンションに住んでるブランド好きのセレブリティ・ピープル。 知ってるくせに」
「前に白金に部屋借りてたが、裏通りは結構物が安くて人情も残ってるよ」
 黒に近い深緑のジャケットに身を包んだ美男二号が、さりげなく口を挟んだ。 一号より肩幅があり、目鼻立ちもくっきりしている。 一度見たら視線を外せなくなるような圧倒的迫力のある美しさで、どこにいてもシャンデリアのように光ってしまうのは、さすが元人気タレントだった。 もう引退したのに世間はなかなか忘れてくれず、「あれが結城誠也〔ゆうき せいや〕よ」と指差されたりする。 しかたなく、芸能プロ副社長の現在でも芸名を使っていた。
 美男一号が、笑いを含んだ声で言った。
「今日はマオちゃんのお祝いなんだから、不機嫌な顔しないの」
「そうだ!」
 ライリーはあわてて前髪をかき上げ、紅一点の若い女性にほほえみかけた。
「よう頑張った。 あんないい成績でパスして、わたしも鼻が高い!」
「ありがとうございます」
 少し照れて、柔らかくマオは答えた。 彼女の本名は井上まどか。 しかし、メーキャップ・アーティストとしてはマオと名乗っていて、周囲もその名でしか呼ばない。 つやつやした黒髪の美人で、隣りが人目を引きすぎるのであまり目立たないが、夏空のような青い瞳をしていた。
 美容師試験に上位合格した祝いの席だというのに、まるでリクルート・スーツのような紺色のツーピースを着ているため、マオは二十一歳という年より上に見えた。
「マオ今日もルージュとアイラインだけ? その地味な服には合ってるけど、こう、もうちょっとパッと華やかにしない?」
「よしなって。 服もよく似合ってるよ、マオちゃん」
 美男一号、名前は北原洋市が、気を遣ってライリーの袖を引いた。

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