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あおのロンド 2


 レストランの扉が開き、二人の女性が急ぎ足で入ってきた。 とたんにさきほどのシャネルやフェンディが華やかな声で迎えた。
「おそーい!」
「もう来ないかと思った!」
 後から来た二人のうち、オーシャンブルーのアンサンブルを着た小柄な女性が応じた。
「ごめんね、待たせて。 もうオーダーしちゃった?」
「したわよ。 あなたたちのも適当に選んじゃったから、おとなしく食べてね」
 もうひとりの、すらりと伸びた脚をホワイトデニムのパンツに包んだ娘が、物憂げな声で言った。
「この前みたいに目つぶって適当に指差して選んだんじゃないでしょうね。 ドリア系なら私はパス」
「ちがうわよ。 ちゃんと晴佳〔はるか〕好みのビーフの包み焼きにしたから」
 晴佳と呼ばれた娘はうなずき、シャネルの横に席を取った。
 晴佳の向かいに座った小柄な女性がバッグを置いてナプキンを広げたところへ、次々と料理が運ばれてきた。
「ナイス・タイミング!」
「調子いいんだ。 この次は幹事やってもらうからね」
「悪いけど私は無理。 時間不規則だから。 今日もレコーディングが押して押して! ミキサーの調子まで悪くなって、来れないんじゃないかって携帯かけそうになったわよ」
「あ、そうだ、おめでとう! アルバム二十万枚越えたんだって?」
 フェンディの祝福に、小柄な女性は笑顔を返した。
「うん、あれは力入れたから売れてうれしい。 ありがとう」

 今度は右のテーブルが注目する番だった。 北原洋市、通称ヨウちゃんが、必要以上に声を落としてささやいた。
「ユラだ。 《Fatal Space》の。 あの曲は一晩中かけてたことがあった。 それでも飽きないんだ」
「歌手?」
 夫が芸能ブロの重役なのにテレビをほとんど見ないマオが、つられて小声で尋ねた。 ヨウちゃんはうなずいた。
「透き通るような高音と腹に染みる低音と両方出せる、すげえシンガー。 CD買って損はないよ」
「ふうん」
 ユラか…… 簡単な芸名なので、すぐ頭に入った。
 隣席の結城誠也が、ヨウちゃんのほうに身を寄せているマオをちょんと突っついて尋ねた。
「この肉もう食べないのか?」
 大皿に半分残った炭焼きステーキを見て、マオは申し訳なさそうに首を振った。
「おなか一杯になっちゃった」
「それなら貰う。 こっちのマロン好きだろ? 取り替えよう」
 ふたりが皿を交換して食べ始めたので、ライリーは頬をふくらませた。
「見せつけるわね、まったく」
「ライリーさん達もやれば?」
 平然と結城は答えた。

 左のテーブルでも、シャネルがもう我慢できないというように目を三角に変えていた。
「あれ結城誠也〔ゆうき せいや〕よ。 私ハマってたのよ、あの人に。 ファンに対する裏切りよね、たった二年でタレントやめちゃうなんて。
 おまけにあんな貧乏くさい女と結婚したらしいのよ。 信じらんない!」
 最初から待っていた三人の中で一番おとなしいオフホワイトのツーピース姿の娘が、舌びらめを切りながら淡々と言った。
「恋愛と結婚は別なのよ。 恋人は目立つのを連れ歩いて、いざ結婚するときは地味な相手を選ぶって、うちの兄が言ってるわ」
 シャネルは目をすがめて右のテーブルを偵察した。
「じゃ、あれは何? なんでふたりだけ椅子くっつけて座ってるの? 残した物なんてふつう食べる?」
「食べるわよ」
 不意にユラが振り向いて、陽気に答えた。
「うちのチビはまだオムライス半分しか食べられないから、いつも私が残飯整理係」
「それは自分の子だから!」
「シッ!」
 思わず大きくなった声をオフホワイト・スーツに叱られて、シャネルは間が悪そうに料理に戻った。
 そのとき、店の奥にしつらえてある白いピアノの蓋が開いた。 間もなく、どこかで聞いたことのあるメロディが優雅に流れ出したので、マオは思わず背後に目をやった。

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