テーブルは四人掛けで、晴佳と水月が向かい合って座っていたため、田坂の席はどうしても二人の間ということになった。 急いでやってきたウェイトレス嬢に、田坂はデニッシュ・ケーキを頼んだ。
水月が笑いながら言った。
「この人ね、お酒飲めないのよ。 だから結構甘党」
「その割には酔っ払いに理解があるのね」
不意に晴佳がそう言ったので、水月は目をむいた。
「え? 晴佳、敦史〔あつし〕さんのこと知ってるの?」
「ちょっとだけ」
さりげなく片づけられて、田坂はがっかりした。 ちょっとだけか……確かにな。
だがなぜか、水月は信じなかった。 顔を突き出すようにして、晴佳を質問責めにした。
「どこで知り合った? あなたたちに接点なんかある?」
「あるじゃない」
晴佳が可笑しそうに答えた。
「水月のお兄さんよ。 ほら、この前の誕生日」
水月の口がぽかんと開いた。 晴佳はどんどん話を続けた。
「私が酔っ払って階段で遊んでたら、田坂さんが来たの。 もう部屋に帰りたかったから、送ってくれって強引に運転手にしちゃった。 懐かしい言葉で言えば、アッシーくんだ」
「あ、だからプレゼント置き去りにしていなくなっちゃったんだ。 久しぶりに話したかったのにな」
水月はぷっとふくれた。
晴佳があけっぴろげに本当のことを言ったため、空気がほぐれて、三人は酔うと手がつけられなくなる兄の政信をさかなに盛り上がった。
「東京ヴェ○ディの大ファンで、優勝したら神田川に飛び込むなんて公約してるのよ」
「大学の後夜祭でストリーキングした男だから、ほんとにやるよ、きっと」
「えー!」
珍しく女ふたりの悲鳴が揃った。
揃って美術館を出てきたとき、空は藍色に染まり、糸のような三日月がビルの合間から覗いていた。 先に立って駐車場に入ると、晴佳はいつも通りまっすぐ田坂を見て、思いがけないことを言った。
「この前送ってもらったから、今日は私が送る。 まだ仕事?」
「いや」
あまり嬉しかったのでとっさに感情を出せなくなって、田坂はぶっきらぼうなほど短く答えてしまい、自己嫌悪に陥った。
晴佳は全然気にしていないようだった。
「じゃ乗って。 二人とも」
彼女の車は、ダークグリーンのポ○テだった。 いかにも彼女らしい個性的な選び方だ。 見かけより中は広く、すべるような乗り心地だった。
田坂ひとりが後部座席になるのは、やむを得なかった。 それでも水月が二人に当分に話しかけるので、彼女が途中で降りるまでは、車内はなごやかだった。
しゃれた独身者用フラットで水月を下ろした後、晴佳は慣れた様子で車を回し、しっかり左右を見ながら大通りへ出た。
しばらく沈黙がよどんだ。 田坂は自分の頭を殴ってやりたかった。 どんな話題も口から出てこないのだ。 昔は三百代言とからかわれた『弁護士』という職業に就いているにもかかわらずだ。
大きなトラックが幅寄せをしてきて、無理やり前に割り込んだ。 晴佳は溜め息をついてステアリングを回し、つぶやいた。
「やる気なくすわ」
田坂がどう答えようか迷っていると、晴佳のほうが勝手に続けた。
「ねえ、どこかで休憩していく?」
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