心の連鎖 1
「見て見て! また《軍隊》がやってきたわよ!」
急いで振り返ったのでお下げで頬っぺたを打ちながら、キティが押し殺した声でささやいた。
たちまちボレーの練習をしていた少女たちが四、五人、鉄の柵に押し寄せて外を覗いた。
「さあ、こっち。 はいっ、はいっ、きちんと二列になって。 トムリンソン、遅れないように。 ショーヴィス、よそ見しないで」
黒いコートに鼻めがね姿の先生を先頭に、お揃いの制服、制帽、手にはめたマフさえ同じベージュ色の一団が、編み上げ靴の底鋲を舗道に打ち当てながら進んできた。
活発なマイラが手で拍子を取った。
「一、二。 一、二。 まるでアヒルの行進だ。 はあ、よちよち」
怒った《軍隊》の一人が首を回して野次馬をにらみつけた。 とたんに引率の声が飛んだ。
「ヴォーン! 脇見するんじゃありません」
ヴォーンと呼ばれた少女は、頬を赤く燃やして前向きになったが、その前に思い切り舌を出してしかめっ面を返すのを忘れなかった。
柵のこっち側では、ダニエルズ工芸高校の女子生徒たちが大げさに手を叩いていた。
「ブラボー!」
「やるね、あの子!」
「こっちの学校に来ればいいのに。 あんな牢屋みたいな私立校にはもったいない」
「からかうのよしなさいな。 またセント・イノックから抗議が来るわよ」
ラケット入れを抱えてきたフィリス・コートニーが、少女たちにくばりながらたしなめた。 がっちりした顎と大きめな口だけ見れば美人とは言えないが、奥深い輝きを放つブラウンの眼には、人を引きつけて離さない力強さが秘められていた。
リーという巻き毛の少女が、鉄柵にもたれてヘアリボンを結びなおしながら、無造作に言った。
「抗議させとけばいいのよ。 セント・イノック高等女子学園と、わがダニエルズとは、もう十八年も仇同士なんだから」
「大げさ」
「そんなことない! 校長がここに学校作ろうとしたとき、四ブロックも離れてるのにわざわざイノックの教頭が来て、自由思想の野蛮な学校が我が伝統あるセント・イノックの近くにあっては悪い影響が出る、とかなんとか言って、反対の署名運動までやったんだって」
「横暴だよね」
「十八年も前のことでしょう? ちゃんと学校は建ったんだし、生徒はもちろん先生だって、その当時の人はもういないでしょうし」
「いるって!」
リーは大口あいて笑い出した。
「さっき前歩いてた舎監の先生、あれ絶対昔もいたよね。 アダムとイブの時代からいたって顔してる!」
たしかに老けているが、そこまで言わなくても――フィリスは、続いて起こった笑い声に加わらず、柵に手をかけて《軍隊》が角を曲がっていく後ろ姿を見ていた。
そのとき、どこからか視線を感じた。 顔を動かすと、山高帽をかぶった青年と眼が合った。
彼は、日課の集団散歩をしている《軍隊》の後を追うように早足で舗道を歩いていた。 だからどんどん近づいてくる。 なぜか視線を外すことができず、二人は見つめ合ったまますれ違うことになった。
すぐ前を通るとき、青年は帽子の縁に手をやって、軽く頭を下げた。 つられてフィリスも首を小さく動かした。 彼はようやく目をそらし、大股で行き過ぎていった。
キティが横に移動してきて尋ねた。
「知り合い?」
「ううん、全然知らない人」
上の空で答えて、フィリスははっと我に返った。 ほんとに誰だろう。 見覚えはない。 しかし、前から知っているような気がした。 いつか、何処かで出会った、懐かしい人のような。
Copyright © jiris.All Rights Reserved