心の連鎖 2
フィリスが青年と初めて目を合わせたのは、午後の一時半頃のことだった。 セント・イノックの《軍隊》が、昼食の消化をよくするためにいつもの集団散歩を行なっていたから確かだ。
その午後は、たまたまフィリスたち最上級生はテニスの自習授業をしていた。 だから鉄柵にたむろできたし、しばらくぼうっと外を眺めることもできた。
翌日はそうはいかなかった。 理科室で、『家庭の医学』の授業があり、三角巾で腕を吊るやり方や、関節への包帯の巻き方などの実習をやらなければならなかった。
フィリスは普通どおり、黙々と実技をこなしていた。 彼女は何でもきっちりやる。 キティの腕に巻いた包帯も相当なもので、ゆるまないようにしっかりと固定しすぎて、手首から先が青くなってしまった。
「きついわよ、これ」
「土鳩(=保健のカーシー先生の仇名)が点検しに来るまでほどかないで。 また巻き直すの嫌だからね」
「指が腐る!」
「後でマッサージしてあげるから」
やがて鳩のように首をぴょこぴょこさせながらやってきたカーシー先生は、かちかちに巻かれてびくともしない包帯を眺め、苦笑いを浮かべた。
「コートニー。 これじゃ中国の纏足(てんそく=足をきつく縛って大きくなれないようにした風習)よ。 いい? こことここにゆとりをつけて、こう巻くの」
それでもきちんとやったから、十点満点で八点がもらえた。 すぐにほどいて肘をもんでやりながら、フィリスは相棒に目配せした。
「ね? いい点取れたでしょ?」
「私の犠牲でね」
キティはゆううつそうに言った。
次の授業は数学だった。 教科書とノートをかかえて移動していると、マイラがスキップしながら廊下を走ってきて、二人の前で止まった。
「ねえ、フィル、あの人また通ったわよ」
「誰?」
思い当たらなかったフィリスが眉を寄せて尋ねると、マイラはにやにやして答えた。
「昨日の若い男の人。 フィルとじっと見詰め合ってた人!」
「山高帽の?」
思い出して、キティが声を弾ませた。
「そう。 柵の横通るとき、ちらっと中を見て、誰も出てないんでがっかりした感じだったわ。 私、窓から覗いちゃった」
「それは考え過ぎよ」
フィリスは慌てて抗議した。
「ほんとに昨日初めて会った人なんだから。 たまたま横見ただけでしょう?」
「じゃ賭けしよう」
キティが眼をきらきらさせて提案した。
「山高帽さんが明日も来るか。 そして校庭を覗いてフィルを探すか」
「探すわけない」
うんざりしてフィリスが呟くと、すかさずキティは指を一本出して叫んだ。
「まっすぐ歩いていっちゃうか、またはそもそも来ないというほうに一人! さあ皆さんどうします?」
「やめなさいって!」
怒ったフィリスが袖を引っ張るのにめげず、キティは揺れながらなおも楽しそうに大声を張り上げた。
「フィリスに崇拝者が現れたと思う人、この指止まれ!」
たちまち好奇心一杯の人垣ができたので、フィリスはすらっとした背丈を活かしてキティを後ろから羽交い絞めにし、大急ぎで廊下を引きずっていった。
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