心の連鎖 3
ロンドンから数十マイル離れた田園地帯に、フィリスの実家、ガーランド屋敷がある。
広大な屋敷の二階に設置された子供部屋で、真っ白いレースの天蓋を被せたゆりかごを、少女がじっと覗きこんでいた。 中で眠る赤ん坊は、生後一ヶ月ぐらい続く子豚状態からようやく人間らしい顔になってきたところで、右手の親指を口にくわえて、ぐっすりと寝入っていた。
やがて衣擦れの音をさせてドアからすべりこんできた婦人は、わき目もふらずに弟を観察している少女に近寄って背後から両肩に手を置いた。
「見ててくれたのね、ありがとう。 ずっと寝てた?」
少女は赤ん坊を見つめたまま、こっくりした。
「ときどきプルッて動くよ。 半分目が開いたりするし」
「夢の国で遊んでるのよ」
母親の手が、リボンで結ばれた娘の髪を優しく撫でた。
「あなたもベビーベッドでしょっちゅう寝返りを打ってたわ。 元気な赤ちゃんでね。 転がり落ちそうになったことも」
「ダリーは落ちたよね」
その時のことを思い出して、母親トリシーの額にかすかな皺が寄った。
「乳母のエレンが酔って居眠りしてる隙にね。 今のジニーはしっかりしてるから大丈夫よ」
「ジニーはいつ帰ってくる?」
トリシーは黒檀の丸テーブルに載った象牙細工の置時計を見やった。
「もうそろそろでしょう。 急いで帰ってきてくれないと、私たちパーティーに遅れてしまうわ」
「またー?」
娘のトミーが悲しそうにしたので、トリシーは身を屈めて腕に抱いた。
「今夜はどうしても行かなきゃならないの。 バルフリーの村長さんの就任パーティーだから。 でも、できるだけ早く帰ってくるわ。 ロジャーも私もこの家がどこより落ち着けるし、大好きなんだもの」
目を閉じて、トミーは母の白粉の仄かな香を胸の奥まで吸い込んだ。 トリシーはコティの化粧品を使っている。 それは所用でロンドンに行ったとき、ロジャーが買ってきてくれる高価なフランス製の輸入物だった。
「お出かけは嫌いだけど、この匂いは好き」
「私もお出かけは嫌いだけど、おしゃれするのは好き」
陽気に笑って、トリシーはスカートの裾をつまみ、爪先立ちで回ってみせた。
「トミーはどう思う? このドレス、似合う?」
「すごく!」
トミーは手を伸ばして、柔らかな艶のある布地を指先で撫でた。
「波紋みたいな模様が入ってる」
「タフタっていう生地なのよ。 ぱりっとしてるから形がつけやすいんだけど、動くとシュッシュッって音がするの」
「これで踊るの?」
「まあ、ね」
トリシーはあいまいに笑った。
「ロジャーが庭に連れ出さなきゃね」
「ママが他の男の人とダンスすると、パパはいつもこんな」
と言いながら、トミーは思い切り頬をふくらませた。
「顔して、邪魔しに来るよね」
「たかがダンスなのにね」
笑いの混じった声で、トリシーは相槌を打った。
てきぱきとした足音が近づいてきて、ドアから黒い頭が突き入れられた。
「ここにいたか。 馬車の用意が出来た。 そろそろ出かけよう」
それは、館の主人でトリシーの夫、ロジャー・コートニーだった。
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