心の連鎖 12
「うちの学校の前が、事務所に行く道なんですか?」
フィリスの問いに、スコットは戸惑ったような微笑を浮かべた。
「いや、三日前にたまたまあそこを通っただけで」
じゃ、翌日はわざと時間を合わせて――やはり彼は自分に会いたかったのだと知り、嬉しさがこみあげてきた。 フィリスは膝の上で両手を重ねると、できるだけさらりとした口調で尋ねた。
「そしてたまたま目が合って?」
「ええ」
青年の声は低かった。 しかし、短い返事に並々ならぬ想いの深さをにじませていた。
「僕は今二十三ですが、この年まで一目で恋に落ちるなんて信じていませんでした。 そんなのおとぎ話か大げさな作り話だと思っていました」
うまく答えられなくて、フィリスは黙っていた。 月は思わぬ速さで中空を駆け上り、今では街灯の真上あたりを鈍く照らしていた。
「こんな形で会うのは道に外れたことです。 わかっています。 でも僕は」
息が切れて、スコットは一度深呼吸してから話しなおした。
「あなたに僕を知ってほしかった。 そしてあなたのことを知りたかった」
「私は平凡な女学生で、ケンブリッジシャーの北にある兄の家で暮らしています。 母が死んだ後に引き取られたの。 つまり、半分しか血はつながっていません」
この仄めかしで、事情はわかるはずだった。 フィリスは自分が正妻の子ではないし、お嬢様でもないと、スコットに告げたのだった。
すると、スコットは思いがけないことを言った。
「僕たち、似てますね」
驚きでフィリスの顔が揺れ、巻き毛が帽子の下から一房垂れ下がった。
「父は毛織物の卸問屋を経営していたんですが、馬車の事故で僕が十歳のときに死にました。 母は実家に帰り、僕を連れて再婚したけれど、新しい夫が連れ子を嫌って……
それからは親類の家を転々としました」
宵の空気はもう凍りつくぐらいだったが、スコット青年は長い指先で、額の汗をぬぐった。
「六年前に祖父が引き取ってくれてようやく落ち着きました。 それまでは肩身の狭い生活でした」
確かに似てる――フィリスの胸が押し付けられるように痛んだ。 冷たい視線から身を守るように小さくなって暮らした日々。 ふたりには寂しい子供時代という共通点があったのだ。
湖の奥から龍の背中に似た小波が立って、ふたりの座るベンチ目がけて進んできた。 すぐに冷えた突風が足元をさらったので、フィリスはあわててスカートを押さえた。
とたんにくしゃみが出た。 するとスコットは素早くマフラーを首から外して、フィリスの肩に巻きつけた。
ふたりの目が合った。 スコットの柔らかいグレイの瞳に、フィリスは自分の顔が白く小さく映っているのをはっきりと見た。
きっと私の目にも彼の顔が映り込んでいるはず。 そのまま焼きついてほしい。 写真みたいに――知らぬ間に、フィリスの視野は淡くにじんでいた。
視線を交わらせたまま、スコットは低くささやきかけた。
「また会ってくれますか?」
ほとんどためらわずに、フィリスはうなずいた。 青年の優しい顔に、さっと喜びの色が広がった。 声も弾んだ。
「いつですか? 僕はいつでもかまいません! 月末まではずっとロンドンにいるし、用事を作って抜け出すのは簡単ですから」
来週、と言おうとして、フィリスは気がついた。 そうだ、明日までアマンダの家に泊まれるじゃないか!
また強い風が襲ってきた。 飛ばされないように帽子を押さえながら、フィリスは尋ねた。
「明日の日曜は休みですか?」
スコットは息を呑んだ。
「え……? 明日も出かけられるんですか?」
「ええ、明日の午後五時までに学校へ帰ればいいんです」
「わあ」
喉を詰まらせて、青年は感激状態になった。
Copyright © jiris.All Rights Reserved