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表紙

心の連鎖 13


「日曜日は人出が多いし、楽しめる場所もたくさんありますが」
 スコットは忙しく頭を働かせて、適当な行き先を思いつこうとした。
「盛り場は柄が悪い。 今からじゃ芝居の切符も取れないだろうなあ……」
「本は好きですか?」
 スコットのコートのポケットから、新書版の表紙がはみ出ていた。 それに目を止めたフィリスの問いかけに、スコットは少し驚いた様子だった。
「え? ええ、好きですが」
「私、シェフィールド街の古本屋に行ってみたいんです。 兄の書庫はセットで仕入れた金箔の全集ばかりで、うっかり触れなくて」
 スコットの表情が崩れた。
「わかりますよ! 先輩が郊外のお城に行って、貴族が持っているだだっ広い図書室を直したんですが、本という本すべてに埃が積もっていて、何年どころか何十年も手を触れた形跡がなかったそうです」
「宝の持ち腐れね」
「僕の部屋では机の上に積んであって、うっかり触ると崩れてくるけど」
「そういう方が好き」
 フィリスが何げなく使った、好き、という言葉に、スコットは鋭く反応して頬を上気させた。
「あ、いや、片づけないだけなんです」
 それから息を弾ませて提案した。
「じゃ、ええと、十時に迎えに行きます。 どこへ行けば……?」
「さっきの友達の家に泊まっています。 レイシーさんの家に」
 フィリスは詳しい住所をスコットに教えた。
真剣な表情で手帳に書き入れていたスコットは、終わると肩の力を抜いて、そっと言った。
「本屋に行きたいと言われるとは意外でした」
フィリスはどきっとした。 頭でっかちだと思われただろうか。
「乗り気じゃないなら、また公園を歩くだけでも」
「いや!」
 あわててスコットは声を上げた。
「嬉しかったんです! お嬢さんたちって、遊園地とかダンス場とか、もっと華やかなところに行きたがるんじゃないかと不安でした。
 僕、そういう場所は、正直言って苦手で」
 私だって、という呟きは胸に秘めておいた。 フィリスは一度も遊園地に行ったことがなかった。 ブランコでさえ、ビリーとピップのマッカラム兄弟が倒木で手作りした小さなものに、一回乗せてもらっただけだった。 しかもそのときは使用人に目撃されてロジャーに告げ口が行き、ひどく叱られた。
「十六にもなってスカートひるがえしてあんなものに乗るなんて、育ちの悪さ丸出しだ!」
と、兄は激怒したのだった。
 その日の惨めさを思い出したとたん、フィリスの胸に反抗心がむくむくと頭をもたげた。 明日は絶対にこの人と本屋に行こう。 そして生まれて初めて、誰にもあれこれ言われずに、好きな本を買ってやる!

 不意にスコットが立ち上がったので、フィリスもベンチの背もたれに手をかけて振り向いた。 すると、アマンダがジョージを引き連れて歩いてくるのがわかった。
 立とうとして、寒さで強ばった脚を伸ばすと、わずかに痛んだ。 スコットはフィリスの眼を覗くようにして、小さく微笑を送った。
「じゃ、明日」
「ええ、支度して待ってます」
 フィリスは急いでマフラーをスコットに返した。 ジョージとアマンダに軽く頭を下げて、スコットは帽子を被り直し、ベンチに敷いたハンカチをポケットに押し込むと、軽い足取りで薄暗がりの小道を歩き出した。
 迎えの二人に挟まれるようにして、フィリスは大通りに出た。 娘たちに歩調を合わせてゆっくり歩きながら、ジョージが押さえの利いた声で尋ねた。
「あの殿方は、信用できますか?」
 力を込めて、フィリスはきっぱりと答えた。
「ええ、心から信じられるわ」


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