心の連鎖 16
門の前には薄茶色の二輪馬車が止まっていて、黒い馬が首を振りながら前足で道を掻いていた。 座席に並んで座ると、晩秋の木漏れ日が、手綱を握ったスコットの手をところどころ金色に染めた。
アマンダの言葉どおり、よく晴れた美しい日だった。 昨夜のような突風はなく、道は穏やかに静まり返っていた。 休日を楽しみに人々が繰り出してくるのは、もう少し後の時間だ。 広い通りをほぼ独り占めにして、二人を乗せた馬車は軽やかに進んだ。
手綱を引いて馬を右に行かせながら、スコットが言った。
「昨夜は興奮してよく眠れなくて」
待ち合わせにどうにか間に合い、緊張が解けてぐっすり眠ったフィリスは、答えに困って黙っていた。
「夜中に起き出して窓辺に座っていたら、あなたがすぐ横にいるような気がした。 手を伸ばせば届くような、すぐ近くに」
どこかで聞いたことがある。 これとまったく同じ話を……思い出そうとして、フィリスの眼が細まった。
スコットの声は続いた。
「そのとき、ぱっと頭にひらめいた。 驚くほどはっきり見えたんだ。 将来、できたらあなたと暮らしたい家の姿が、稲妻に照らされたみたいにくっきりと。
だから明け方まで夢中になって図面を引いてしまった。 出来上がりを絵にしてみたんだけど……驚かないで。 あくまでも夢だから」
少し恥ずかしそうに、スコットは左手をポケットにいれて四つ折りの紙を取り出し、フィリスに渡した。
家って……会ったばかりでもうそこまで考えてるの? と驚き、たじろぎながらも、そっと紙を広げてみて、花に埋もれた優雅なコテージの絵を目にしたフィリスは、心から感嘆の声を上げた。
「きれいねえ! 大きすぎも小さすぎもしなくて、掃除しやすそうなサイズ」
スコットはほっとした表情で微笑んだ。
「このぐらいの家なら、がんばれば僕にも建てられると思って」
白雪姫の隠れ家のような線画から、フィリスはなかなか目が離せなかった。
「こういう家に住んだら、自分たちでなんでも決められるわね。 壁紙の色とか、絨毯とか、春にはどんな花を植えるとか」
そこまで言って、フィリスははっと口をつぐんだ。 これではまるで、彼と結婚すると決めているようではないか。 付き合ってまだ二日目だということを、スコットだけでなくフィリスの方も忘れかけていた。
それぐらい、二人でいると自然だった。 照れはあったが気詰まりはなく、適度の緊張が逆に快かった。
シェフィールド街は、落ち着いた、どちらかというとくすんだ通りで、薬屋や骨董店、本屋などの地味な店が軒を連ねていた。 トリシーが教師をしていたころ行きつけだったという書店の名前を、フィリスは看板で見つけようとした。
「ベクスレーの店、というところなんだけど」
「あ、あそこ!」
伸び上がるようにして、スコットが小さな建物を指差した。 そしてすぐに馬車を止め、飛び降りてフィリスに手を貸した。
手袋越しながら、二人の指が触れ合った。 仄かな暖かみが伝わってきて、助け下ろした後も少しの間、スコットはフィリスの手を手のひらに包んだままでいた。
「たくさん本を買っても大丈夫だよ。 馬車に積んで運べるから」
「そうね、寮に持ち帰れない分はアマンダのところに置かせてもらうわ」
そっとフィリスが指を引っこめようとしたとき、スコットがさりげなく握り返し、手をつないだまま歩き出した。 軽やかな足取りでスコットの横に並びながら、フィリスは改めてアマンダの助言に感謝した。 見栄えよりも何よりも、一緒に歩ける靴が一番いい!
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バルフリー村近くのコートニー家の荘園でも、日光はさんさんと降り注いでいた。 空には雲のかけら一つない。 今日は丸一日晴れだと希望を持って、洗濯係のウィニーとサラは、日曜なのに朝から大忙しでシーツやガウンなどの大物を洗いまくっていた。
厳格なロジャーがいないため、家中がいつもより陽気で、あちこちで笑い声が響いていた。 トミーの教育係のジューンは、マザーグースの詩を二つ書き写して、すらすら読めるようになるまで練習しなさい、と言い残し、実家に帰ってしまった。
だから、トミーが外出許可をもらうのは、母のトリシーだけでよかった。 これはとても簡単なことだった。
子供部屋に行くと、弟のダリーが窓枠に座って、短い脚をぶらぶらさせながら庭を見ているのが目に入ってきた。 トミーはいたずら心を起こして幼児に近づき、ぱっと後ろから目隠しした。
「だーれだ」
金髪の少年は、くすくす笑いながら答えた。
「トミー!」
「あたり」
トミーが手を離すと、ダリーは体をよじって抱きついてきた。
「ねえ、ミックのとこ行こうよ。 山鳩の赤ちゃん飼ってるんだって。 ぼく、見たいな!」
「それだけはだめ」
ゆりかごの横から、明るい声がした。
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