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表紙

心の連鎖 17


 ダリーは窓枠から転げるように降りてきて、母の元に走った。
「どうして? ミックはおもしろいよ。 それに、いい子だよ。 お兄ちゃんのピップみたいにらんぼうじゃないし」
 少し困った表情になって、トリシーは微笑んだ。
「あのね、マッカラムさんたちは今、パパとあまり仲がよくないの。 だからパパは、あなたにミックの家には行かないようにって」
「ちぇっ」
 覚えたての舌打ちを、ダリーはここぞとばかり連発した。
「ちぇっ、ちぇっ! ぼく山鳩を見たいのに」
「ねえママ、ケイトリンの家で紙花火を作るんだって。 行っていい?」
 ケイトリン・ラークは隣りの家の娘で、トミーより二歳年上の元気な子だった。 紙花火とは、火薬を使うことを許されなかった当時の女の子たちが工夫して、包み紙や薄紙をらせんや鳥、蝶などの形に切り抜き、窓から飛ばしてヒラヒラと舞い落ちる形を楽しんだ、手製のおもちゃのことだ。 別に罪のない、かわいい遊びに思えた。
 トミーの期待どおり、トリシーはすぐに承知した。
「いいわ。 でもお昼には必ず帰ってくるのよ」
「はい!」
 喜び勇んで、トミーは部屋を駆け出していった。 あまりに喜びすぎるのを、トリシーはもっと注意すべきだったかもしれない。 しかしそのとき赤ん坊のグレンが目を覚ましてぐずり出したので、トリシーはちびさんに気を取られていた。 それにトリシーは、長女のトミーを信頼していた。 しっかりした芯の強い子だと、わかっていた。 なんといっても、妹の忘れ形見なのだから。

 隣りといっても広大な荘園を突っ切って行くので、子供の足では十分以上かかる距離だった。 その半ばまで、トミーはすました顔で歩いていたが、屋敷が大きな樫の木陰に隠れ、もう人の目に触れなくなると、左にそれて小走りになった。
 本当の目的地は、十五分以上も歩かなければならない別の家だった。 さっきダリーがあんなに行きたがっていた、マッカラム屋敷――そこでは元気一杯の三人兄弟が、トミーを待っていた。
 正確に言うと、今家に住んでいるのは二人だ。 長男のビリーは九歳になったばかりなのに既に世間の十二歳ぐらいの背丈があり、母親の手におえなくなってきたので、ヘレフォードの伯父の家に預けられ、そこから学校に通っていた。 そして、週末だけ自宅に戻って来る。 ビリーに強い憧れを抱いているトミーは、一週間ぶりに会えるので胸をわくわくさせていた。
 十一月が間近だが、その日は陽射しが暖かく、夏の名残りを思わせるのどかな天気だった。 トミーがハミングしながら林の小道を通り抜けると、驚いたつぐみが鋭い声を残して、高い木の梢から飛び立った。
 小さな影が地面を突っ切るのを、トミーはじっと見守った。 そして、すばしっこく足を伸ばして影踏みをしようとしたが、気まぐれな鳥はあっという間に別の木に身を寄せ、こんもりした葉の繁みに姿をくらましてしまった。

 乾いた道には、馬車の轍〔わだち〕の跡が二本、溝になってうねうねと続いていた。 その中に踏み込まないよう気をつけながらトミーが小さなバスケットを手に歩いていると、横の茂みが風もないのに揺れ、引き伸ばした声が響いてきた。
「赤頭巾ちゃん赤頭巾ちゃん、どこへ行くの?」
 トミーは顔をほころばせたが、わざと振り向かないでさっさと歩いていった。 すると茂みの揺れもついてきた。
「赤頭巾ちゃん、そのバスケットの中身は何?」
「ペンチとナイフよ。 悪い狼の舌を引っ張って、切っちゃうの」
 茂みが二つに割れ、中からコーデュロイの半ズボンとチェックのシャツを着た少年が姿を現した。 そして、ポケットに両手を突っ込み、トミーと並んで歩き出した。
「うちへ来るんだろ? ついでだから一緒に行ってやる」
「ビリーはもう帰ってきた?」
「うん、昨夜に」
 そこで少年のうす汚れた顔に、にやにや笑いが浮かんだ。
「すごい計画立ててるんだ。 姫も特別に仲間に入れてやるよ」
 三年前、マッカラム三兄弟と初めて会ったとき、トリシーがトミーを囚われのプリンセスと紹介したため、兄弟たちは面白がって、ずっとトミーを姫と呼んでいた。
 トミーは喜んで少年に手を差し延べた。
「ほんと? じゃ早く行こう! ね、早く、ピップ!」
 二人は固く手をつなぎ、一目散に駆け出した。


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