心の連鎖 18
フィリスがさんざん悩んで四冊、スコットが三冊、本を選び終え、馬車に乗せたところで、この時期としては太陽が一番高く、地平線から五十五度ぐらいになった。
「そろそろ食事に行こうか」
「ええ」
いかにも上等なフィリスの服に目をやって、スコットは少し考えた。
「《ローリーズ》だと品がないし、《シェ・マルタン》は気取り過ぎだし……そうだ、《パティズ・ルーム》に行ってみようか。 新しくできた若向きの社交場なんだ」
フィリスはすぐにうなずいた。
レイダー街の中心部にあるその店は、正面のデザインからして他のレストランと異なっていた。 ライトブルーに金色の縁をつけた柱は華やかで、入口の上部を飾る東洋風の天幕と共に人目を引いた。
「派手ね」
中に入る自分たちまで目立っているのではないかと、フィリスは思わず早足になった。
室内は白が基調で、明るく清潔なイメージだった。 カツレツにフライドポテトの定食は油っこかったが、健康第一で野菜の煮物が妙に多い学校給食よりずっとおいしく、フィリスは満足して食べた。
広いダイニングルームの端には小さな楽団が陣取って、陽気な音楽をうるさくない程度に奏でていた。 食べたり飲んだりした後、音楽に合わせて踊っているカップルが三組ほどいて、楽しげにフロアを動き回っていた。
食事をしているうちに、フィリスはぼうっとなってきた。 暖かい食堂、ハンサムで優しいデート相手、心の浮き立つ雰囲気。 恋ってこんなに素敵なものだったんだ、という幸せな気持ちが、波のように胸を洗った。
食事の後、二人は静かに店を出た。 まだダンスするほど親しくはない。 だが、気持ちは朝よりぐっと近づいていた。
空はまだ晴れていた。 気持ちのいい小春日和で、うとうとしそうになる昼下がりだった。
瞼が重くなるのを避けようと、馬車の上で二人はいろんな話をした。 学校のこと、仕事のこと、そして故郷の話。
「夏には黒すぐりを摘みに行くのよ。 プディングに入れるためなんだけど、どうしてもその場で食べちゃうから、歯が紫色に染まって、笑うと凄い顔になるの」
「見たいな」
「来年一緒に行きましょうよ」
つい誘ってしまって、フィリスははっとした。 来年の夏までは半年以上ある上、もう学校を卒業した後だ。 あのロジャーが二人の交際を認めてくれるだろうか。
だが、スコットは素直に喜んだ。
「ぜひ! 汽車に乗って飛んでいくよ」
困ってフィリスはうつむいたが、そのうち、いいことを思いついた。 トリシーを味方につけよう! 機転のきく義姉なら、ロジャーをうまく丸め込んでくれるだろう。
少し安心して、フィリスは陽気になった。
「うちに来るときはね、表からだと遠すぎるの。 馬車で来るように作ってるから。
裏木戸からだと五分で歩いていけるわ。 古い木の戸で、開け閉めするとおかしなギーギーっていう音がするの。 その音が面白くて、戸の横木に乗って遊んだわ。 他にはろくな遊び道具がないから」
寂しさが襲ってきて、フィリスは口をつぐんだ。 ロジャーは女の子には戸外遊びはいらないと考えている昔風な男性で、運動したければ散歩で充分だと言い張った。 フィリスが学校で一、二を争うテニスの腕を磨いたのは、兄に対する反発心が大きな原因となっていた。
「僕はやんちゃ坊主だった」
スコットが意外なことを言い出した。
「先生が通る道に馬糞をまいたり、教室のドアにブービートラップを仕掛けたりした」
フィリスはにやにやした。
「あの、開けると上から物が落ちてくるっていういたずら?」
「そうそう。 水びたしの海綿を紙皿に入れて置いておいたときは、さすがに叱られたな。 女の先生のかもじ(=つけ毛)が、海綿に引っかかってとれちゃったもんだから」
想像すると噴き出さずにはいられなかった。 スコットも笑い出し、二人ともしばらく爆笑し続けた。
「おなか痛くなった」
ヒーヒー言いながら、フィリスは腹を押さえた。 話そのものが可笑しいというよりも、ふたり一緒にいることが幸せで、しかも快い緊張が加わって、それで笑いやめられないのだった。
やがて公園横の広い道に入った。 レイシーの邸宅がすぐそこに見えてきた。
「楽しかったね」
フィリスが言葉にする前に、スコットが言った。 去ってゆく美しい午後を惜しむ、しみじみとした口調で。
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