豪華なドレスがなんとか出来上がるぎりぎりの期限、婚約が正式発表されてから約40日後に、二組の結婚式はサンマルコ大聖堂でおごそかに執り行われた。
招待客たちはみな、顔を上気させて興奮状態だった。 それもそのはず、アルマンド・レジオーニはいわばヴェネツィアのアイドル、大スターなので、その婚礼に出席できるというのは、これから数年、もしかすると十数年、周り中に自慢できる話の種だったのだ。
式にはアルマンドの親友、悪友取り混ぜて列席していた。 一時喧嘩別れしていたチェーザレも、ちゃんと来ていた。 チェーザレは、見事なビロードの礼服を着て入ってきたグストを見つけ、微笑して歩み寄った。
「アルマンドがこんなに早く恋の罠に落ちるとは、思ってもみませんでしたよ。 それにあなたも」
寂しげな影がすっかり消えて、瞳に輝きをたたえているグストを、チェーザレはうらやましそうに眺めた。
「幸せそうですね。 僕の妹、覚えていますか? カルナヴァルに総督の庭で踊った」
「もちろん」
と、グストはやさしく答えた。
「ベルタさんだったね」
「そうです。 あれですっかりあなたに憧れたみたいで、婚約したと聞いたときには一晩中泣いていました」
「彼女にはもっと若い男が似合いだろう。 パオロのような」
グストが指差すところには、特に盛り上がって、上ずった声でしゃべりまくっているパオロがいた。 それを見て、チェーザレはうんざりして顔をしかめた。
「大酒のみで、女遊びの好きなあいつ? おことわりです」
「でも、もう春だ。 うちの庭は花一杯だよ。 恋の花だって開く季節だ」
驚いて、チェーザレはグストをまじまじと見つめた。
「詩人になりましたね」
グストは笑い出した。
やがて客たちがそれぞれの席に納まると、式が始まった。 賛歌が流れ、子供たちが通路に花を撒きちらす中を、長くトレーンを引いたスザンナと、アルマンド作成の銀色の車に乗ったクリスティーナが、ゆっくりと進んだ。
2人とも美しかった。 顔は厚くヴェールが覆っていてまだ見えないが、全身を包む純白のレースが、真珠の泡のように波打ちながらなびいて、水平線に浮かぶ綿雲のように刻々姿を変え、人々の目を奪った。
祭壇には2人の花婿が待っていた。 特にアルマンドは、はしたないほど両手を差し伸べて、盛装でうやうやしく車を押すマッダレーナから花嫁を受け取ろうとしていて、ようやく届く距離にクリスティーナが来たとたんに、軽々と腕に抱き上げてしまった。
まさか、膝に座らせて式に臨むつもりなのか――ジュールは思わず下を向いて額を押さえた。
マルゴがそんな夫の袖をそっと引っ張った。
「いくらアルマンドでも、あのままじゃないわ。 ほら、見て」
祭壇の中に入らない銀色の大きな車の代わりに、小さな台をすっと出してきて、アルマンドはうまく花嫁を座らせた。 正直言って、花婿の関係者は皆ほっと胸を撫で下ろした。
リカルドとスザンナは並んでひざまずいた。 本当に似合いのカップルで、つられて微笑みたくなるほど幸せそうだった。
しかし、人々の目はどうしてもアルマンドとクリスティーナに集まりがちになった。 いたずら天使ケルビムみたいに街を駆け回っていた少年は、今では子を産んだばかりの雌ライオンのように、金髪を振りたてて花嫁の世話をやいていた。
チェーザレが溜め息まじりに呟いた。
「まるで心配性の乳母だな」
にやにやしながらパオロが応じた。
「あれが本当のアルマンドなんだよ。 人の面倒を見るのが好きなんだ。 クリスティーナはあいつに生きがいを与えてやっているのさ」
チェーザレはいぶかしげな目つきで友達を眺めた。
「今日はいやに哲学的だな」
「グストの受け売りだよ」
「なんだ!」
ふたりは歯をむき出して笑いあった。
厳かな中にも明るい雰囲気の式が終わると、花嫁、花婿の乗り込んだ馬車を先頭にして、人々は一斉にグンナーレ家へ向かった。 そこでは夜を徹して大宴会が開かれることになっていた。
だが聖堂を出たところでマルゴはちょっと足を止め、幸運にも晴れ渡った青空を見上げた。
これはほんの始まりだ。 来年にはグストが、そしてたぶん次かその次の年にはルチアが、新しい伴侶を得て別の家庭を持つ。
うれしいと同時に、寂しかった。 子供がその子供を連れてくるようになれば、自分には老いの足音が聞こえてくる。 目の前に広がる乾いた大路が、次第に薄ぼんやりと暗くなる人生の道に重なった……
背後から、なじみの腕が胴に回った。 思わずマルゴは体を寄せて、珍しく人前で夫に抱きついた。
「死なないでね、ジュール。 ずっと、どこまでも私と一緒にいてね」
「ああ、必ず」
ジュールは静かに答えた。
「この世でも、そしてあの世でも、永久にわたしは君と一緒だよ、マルゴ」
〔完〕
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