表紙

69 親同士


 朝食を終え、店に行く支度をしていたマルゴは、庭で遊んでいたエレーナとクラウディアが走り戻ってきたので、両手で抱きかかえた。
「どうしたの? そんなに急いで」
「あのね、立派な服着たおじさまが」
「たぶんグンナーレさんだと思うわ」
「今表から入ってくるところ」
  急いで、マルゴはジュールを呼びに行かせ、自分の服装がきちんとしているか鏡で再度たしかめてから、玄関に急いだ。
  ジュゼッペはマルゴに頭を下げて丁重に挨拶すると、せかせかした足取りで、明るい大広間に入ってきた。
「突然お訪ねして失礼します。 おたくの下の息子さん、アルマンド君がうちの娘に求婚した件でご相談をしたいと思いまして」
「それはようこそおいでくださいました。 今日の午後に、こちらから伺おうと思っておりました。 さあさあ、どうぞこちらへ」
  すぐにジュールが2人の可愛い娘に手を引かれて現れた。 背後には今や父より背が高くなったグストがついてきていた。
  ジュゼッペはジュールと挨拶を交わすと、すでに軍服を脱ぎ捨てて派手な青い服をまとっているグストにも笑顔を向けた。
「おめでとう。 君も婚約したそうだね」
「ありがとうございます」
「今日は婚礼のご相談で来ました」
  夫妻に向き直ると、ジュゼッペは単刀直入に切り出した。
「ご承知と思いますが、上の子を思ってわたしはスザンナに長い間婚約さえさせませんでした。 不憫〔ふびん〕なことをしました。 ですから償いに、婚礼は姉妹同時に挙げさせてやりたいのです」
「それは素晴らしいお考えだ」
  ジュールはほっとしてうなずいた。 よく言えば天真爛漫〔てんしんらんまん〕、少し間違うと能天気なアルマンドが、繊細なクリスティーナの心を傷つけることをしでかしたのではないかと、とても不安だったのだ。
  だがジュゼッペは心から満足そうに手をすり合わせていた。
  「驚いたと言っては失礼だが、アルマンド君は実によくできた若者ですな。 今朝はクリスティーナが自在に動けるように、車輪のついた椅子を作るのだと言って、設計図を描いていました。 ですが重さを計るとか座り心地を確かめるとか言って始終ティーナを膝に乗せるので、召使たちが目のやり場に困るほどで…」
  そこで子供たちがいることを思い出して、ジュゼッペは顔を赤らめ、コホンと咳をした。
  笑いをこらえながら、ジュールがさりげなくうながした。
「それで、婚礼のお話とは」
「そうでした。 実は、もう一組ご一緒にどうかと」
  グストの顔が上がった。 マルゴの表情がさっと明るくなった。
「ではこの子たちも?」
「いかかでしょう」
  目が輝いたグストだったが、あることを思い出して肩が落ちた。
「ありがたいお申し出ですが、わたしの婚約者は今喪中なのです。 喪が明けるのを待っていては長くなりすぎますから」
  ジュゼッペは額をひとつ叩いた。
「そうだ! すっかり失念していました。
  それでは内輪で婚約を祝わせていただこう。 いかがです?」
「ありがたいお話です」
  なごやかな空気が広がった。 さっそくジュール夫妻とジュゼッペは式の相談に入り、グストは妹たちを連れて庭に出た。
  空は明るく、綿をちぎったような小さな雲が点々と散らばっていた。 もう血なまぐさい戦場に戻らないですむと思うと、グストは新鮮な朝の空気を吸い込む胸まで大きくなる気がした。
  まず朝露を払い落としてから、庭に置かれた木馬に抱き上げて乗せてやると、クラウディアは霧氷のようなグレイの眼で兄を見やった。
「これからずっと、うちにいてくれる?」
「うん。 ただその前に一度フランスに行って、除隊の手続きをしてこなきゃならないが」
  「じょたい?」
「兵隊を辞めること」
「グストがけっこんするときは、私が上着にうんときれいな刺繍たくさんしてあげるね」
「ありがとう。 頼むよ」
「じゃ、私は襟飾りのレースを編む。 こーんなに長く編んで、何列にもする」
「そんなの何年もかかっちゃうもん」
「かからないよ。 エレーナのほうこそ、胸の半分も刺繍できないで終わっちゃうよ、きっと」
  同じ木馬に仲よくまたがって遊んでいるくせに、二人はまた張り合いはじめた。 苦笑しながら、グストはふざけて二人の頭を持ち、軽くぶつけ合わせた。
「口喧嘩ばかりしてると、《おしゃべり女の刑》で舌を抜かれちゃうぞ」
「やめてよ!」
  2人は一斉に叫び声を挙げた。 そういうときは妙に気が合う。
  ふっと静かになったと思うと、エレーナが意外なことを尋ねた。
「ねえ、グスト? 子供は何人ほしい?」
  不意を突かれて、グストはあわてた。
「おい。 世話好きなおばさんみたいなことを言うなよ」
「私たちさ、昨夜話したんだ」
とクラウディアが真面目くさって言った。
「グストもアルマンドも、それにルチアもすごく私たちをかわいがってくれるでしょう? だから、みんなに子供ができたら私たちがかわいがろうって。 服着せたり、靴作ったり、楽しいだろうなって」
「人形代わりにする気だろう」
「ちがうよー」
  2人は小犬のようにグストにむしゃぶりついた。 やんちゃなちびたちを両脇にかかえてぐるぐる回って遊びながら、グストは心から思った。 やはり、ここに帰りたかった。 この第二の故郷で平和に暮らしたいと、心の底ではずっと願っていた。 それをさりげなく叶えてくれたアルマンドには、おそらく一生頭が上がらないだろう、と。








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