表紙
表紙目次文頭前頁次頁

あおのロンド 7


 タレントの江田塔子と副社長の結城誠也の、どちらが先にやってくるか、マオは受付前で尾関と雑談しながら待っていた。
 先に現れたのは結城だった。 携帯電話を耳に当てたまま急ぎ足で入ってきた彼は、マオを見るとにやっとして、空いている手でOKサインを形作った。
「お帰りなさい」
 尾関が明るく迎え、結城もそれに応えて、電話を切りながらにっこりした。
「うまく行った」
「加賀見俊〔かがみ しゅん〕ですか?」
 すぐに尾関の声が華やいだ。 無理もない。 加賀見は地方の小劇場出身で、ある独立プロダクション製作の映画で主役に抜擢され、彗星のように派手なデビューを飾った、人気実力ともに今年一番期待される大型新人だった。 それがハルバート・プロの一員になる。 裏ではノーガードの殴り合いに近い争奪戦だったが、なんとか仮契約にまでこぎつけて、結城は勝利に酔っていた。
「書類はこの鞄の中。 後は細かい条件を詰めて、明後日に本契約の予定」
「やったー!」
 結城は尾関とマオに、ジャケットの裾をひるがえしてハイタッチした。 みんな笑顔だった。
 そこへ、ドアノブを回して人が入ってきた。 江田塔子だろうと思い、まだ笑いを残した顔で、マオはパネルの横から覗いた。
 すると、思いがけなく男と目が合った。 ベージュのコートの前をきちんと止め、黒い鞄を下げている。 相当背が高かったので、マオの視線が斜め上に固定した。
「田坂という者ですが、小西社長はおいでですか?」
「いえ、関西に出張中です」
「そうですか」
 張りのある低めの声で、男はなおも尋ねた。
「それでは副社長の結城さんは?」
 話を聞きつけて、結城が中から姿を現した。
「僕ですが、何か?」
「ああ、初めまして。 田坂といいます。 大河原興業の依頼で伺いました」
 そう挨拶しながら、田坂は名刺を取り出して結城に渡した。
 すっと拭い消したように、結城の顔から表情がなくなった。
「四時に人と会う約束があるので、三時半には出るんですが」
 田坂はちらっと腕時計を眺めた。
「半時間いただければ充分と思います」
「それでは、こっちの部屋で」
 二人が隣りの小会議室に入っていくのを、マオは不安な気持ちで見送った。 結城誠也がぴたっと表情を消すのは、戦闘準備を整えたときだ。 そう言えば、相手の田坂という男性も、ほとんど顔の筋肉を動かさないポーカーフェイスだった。

 マオは急いでデスクに引き返して、尾関に尋ねた。
「大河原興業も、加賀見俊の争奪戦に?」
「ええ、加わってましたよ」
 尾関も心配そうに腕を組んだ。
 そのとき、またドアが開き、賑やかな早口が近づいてきた。
「わー、えらいこっちゃ。 もうこんな時間! ごめんねー、マオちゃん! すぐ出んならんわ」
「はい」
 急いでメーキャップ用具の詰まったバッグを手に持ち、心を後に残しながら、マオは江田塔子と共に事務所を駆け出していった。


表紙 目次前頁次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved