会議室では、田坂弁護士が鞄からてきぱきと書類を取り出して、結城に見せていた。
「ここにある通り、加賀見俊〔かがみ しゅん〕は本年の八月に大河原興業と三ヶ月の試用期間で仮契約を結んでいます」
「三ヶ月ですよね。 時間を区切った契約は本採用とはならないはずです」
「それはそうですが、今はまだ十月ですから、加賀見さんは大河原興業の所属です。 この部分に明記してある通り、試用期間中は大河原に契約の優先権があります」
「優先権は絶対ではないでしょう? 優先的に考慮するという範囲内の話です。 うちは当然三ヶ月の期間が過ぎてから本契約にしますから、トラブルになるはずはありません」
「問題は先月に、加賀見さんが年末のドラマ出演を決めてしまったことにあります。 大河原興業のプロデュースですから、少なくとも本年末まではどことも契約を結べないはずなんです」
加賀見のやつ何やってるんだ、小劇場にはマネージャーの仕事する人間がいなかったのか?――不意に押し寄せてきた波風に、結城の眉が曇った。
四日後に再び話し合いを持つことを決めて、二人は三時半少し前に立ち上がった。
「車ですか?」
「いえ、地下鉄で来ました」
「僕は渋谷のほうへ行くんですが、方向が同じなら途中まで乗っていきませんか」
田坂は返事をする前に、結城の整った顔をちょっと見つめた。
「如才ないですね」
「は?」
「丸めこまれるなよ、と大河原さんに言われたわけがわかりました」
結城は苦笑した。
「社長はそんなこと言ってましたか」
「普通は弁護士のほうが丸め込むんですけど」
田坂は、顔に似合わぬ冗談を言って軽く一礼し、歩き出した。 その後ろ姿を少し見送って、結城は呟いた。
「案外ユーモアのわかる奴かもな」
田坂敦史〔たさか あつし〕のほうは、表に出るとすぐ手帳を開き、次の予定を確かめた。
「白山ケミカルに顔を出して、その後は、と……夜は横川んちで誕生パーティー……?」
額に皺が寄った。 すっかり忘れていた。 横川政信〔よこかわ まさのぶ〕は大学からの友人で、なぜか毎年バースディパーティーを催している。 いいかげんいい年だから止めろと思うのだが、招待されると断れなかった。
小さく吐息を漏らして、田坂は予定を変更した。
「まずデパートへ行ってから白山に回ろう。 プレゼントか……あいつ何でも持ってるからな」
横川一族はビジネスホテル・チェーンを所有していて、会長である父親は毎年長者番付に名を連ねていた。
デパートの方角へ行きかけて、また田坂の足が止まった。
「そう言えば、この辺に村上の家があったな」
村上祐介〔むらかみ ゆうすけ〕も大学時代の友人だった。 ラップのバンドを組んだり、廃墟になった病院の壁一面に(許可を得て)大壁画を描いて評判になったりと、学生時代を人の二倍も三倍も楽しんだ男だった。 その間中机にかじりついて司法試験の勉強に明け暮れていた田坂には、うらやましくもあり、理解しにくい存在でもあった村上。 彼は医学部だったのにどうしてあんなに時間があったのか、今考えても不思議だった。
「遊び人のあいつに訊けば、気のきいたプレゼントを思いつくかもしらんな」
とっさにひらめいた考えだが、名案に思えた。 田坂は鞄から携帯を取り出し、名前で番号を拾った。
村上はすぐ電話に出た。
「よう! 久しぶり。 思い出せないぐらい会ってねえな。 それで、何の話?」
相変わらず屈託がない。 つられて田坂も軽い話しぶりになった。
「ああ、ちょっと訊きたいんだけど、なんでも持ってる奴にプレゼントするとしたら、何がいい?」
「はあ?」
電話の向こうで声が高くなった。
「俺、プレゼント・アドバイザーなの? まあいいや、それ男? 女?」
「男。 覚えてるかな、横川。 ホテル財閥の」
「いたっけ、そんなの」
村上にはまるで覚えがないようだった。
「そいつの趣味は?」
「車。 外車」
「ふーん、じゃミニチュア・カーなんかどうだ? そいつの乗ってる車の。 色も同じにすれば喜ぶと思うよ」
「いいけど、そんなのどこで手に入るんだ?」
「ええとな、今ここにないから、調べといてやるよ。 一時間ぐらい後に電話する」
「悪いな」
持つべきものは多方面に知識のある友達だ、と実感しながら、田坂は電話を切った。
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