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あおのロンド 10


 女は両頬に手を当て、四回ほど軽く叩いた。
「酔ってるな、私」
「僕は田坂」
 彼女が自分からは名前を言いそうにないので、田坂は先に名乗ることにした。
「君は?」
「誰だっていいじゃないの」
 女はどこまでも失礼だった。 田坂は怒るより、苦笑いするしかなかった。 酔っ払い相手に本気で怒っても、しらふに戻れば覚えていないだろう。
「じゃ誰かさん。 政信は? ここにはいないようだけど」
「うん」
 平気でそう言うと、女はいきなり広いテーブル上で仰向けに倒れて寝てしまった。
「さっきは向こうでビリヤードしてた。 バーカな素人の女の子相手に、手玉ポケットに入れたら一枚ずつ服を脱ぐっていう賭けやってた」
 酒が入るとすぐ野球拳まがいのことをやる。 そもそもアルコール類が口にできない田坂は、変な盛り上がり方をしているパーティーの模様を聞くと、広間の方へ行きたくなくなった。
「そう言えば去年もシャンパン風呂とかいって子供用のビニールプールに酒入れて、女の子とダイブしてたな」
「政信さんはヘン」
 寝そべったまま、女が歌うように節をつけて言った。
「くっついて騒いでる女の子もヘン。 私も仲間に入れようとしたから、出てきちゃったの」
「そうか」
 足が棒のようになっているのに今ごろ気付いて、田坂は椅子を引き寄せて座った。
「そんなパーティーは勘弁してほしいな。 今日は平日で、忙しかったんだから」
「珍しいね、政信さんの友達で真面目なリーマンなんて」
「サラリーマンじゃないよ。 でもまあ、似たようなもんかな」
「真面目でもない?」
 眼をつぶって、女は大きく口を開けて笑った。 そして、いきなり身を起こすとトンと床に降り立って、棚に置かれたコンポのスイッチをぐっと力任せに押した。
 すぐに女性歌手の声が流れ出てきた。 たしかスピーカー七個をベスト配置してある部屋だから、ストリングの只中にいるようで、田坂は思わず体を浮かせた。
「なに、この曲?」
「知らなーい」
 相変わらず人を食った口調で答えながら、女は一人で踊りだした。 バレーか何かを習ったことがあるらしく、体の芯がまっすぐで指先まで優雅に腕がしなる。 即興だろうが、酔っているとは思えないほど見栄えのするダンスだった。
 唄の一番が終わり、女が止まったので、田坂はからかい気味に小さく手を叩いた。 すると彼女はまっすぐ歩いてきて、その手をぎゅっと掴んだ。
「踊って」
「え?」
「ほら、二番が始まっちゃう」
 わっ!
 またもや強引に、田坂は部屋の真ん中に連れ出された。
「上手ね」
「ただ動いてるだけだ」
「じゃ、上手な動き方だ」
 ふたりは背丈のバランスがちょうどよかった。 田坂の肩あたりが女の眼の高さになる。 しなやかな、いい体つきだと田坂が思ったとき、ほぼ同時に女が言った。
「田坂さん、かっこいい。 首から下は」


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