表紙
表紙目次文頭前頁次頁

あおのロンド 12


「家はどこ?」
「足立区。 マンションの七階」
「足立区?」
 田坂はちょっと驚いた。 たまたま彼もそこに住んでいるのだ。
「足立区のどの辺?」
「梅島」
「僕は五反野」
「近くだ」
「そうだね」 
晴佳の視線が動いて、田坂の顎に届いた。
「あ、割れてる」
「何が?」
 話の流れから外れた思わぬ言葉に、田坂は狼狽して窓ガラスを見回した。
 晴佳はぶんぶんと大きく首を振った。
「ガラスじゃない。 顎。 なんて言うんだっけ……そうだ、ケツ割れ」
 上品な口から出てきた意外な形容が、田坂を妙なふうに刺激してしまった。 彼が噴き出すのを見て、晴佳もにんまりと微笑した。
「やった! 笑い顔がどんなか興味あったんだ。 大学の裏庭にあった創立者の像みたいな顔してるんだもの」
「仕事柄ちょうどいいんだ」
「へえ」
 晴佳は面白がった。
「何の仕事? 助教授?」
「弁護士」

 晴佳の表情が改まった。 笑顔を取り戻そうとしたが、口の端が緊張の色を見せているのを、田坂は鋭く読み取った。
「へえ、そうなの。 民事? それとも刑事?」
「詳しいんだね」
「それぐらい知ってるわ。 ね、どっち?」
「今のところは契約関係が主。 バッジつけ出してまだ5年とちょっとだから」
「じゃ民事なんだ」
「そう」
「コネつけとこう。 いつかお世話になるかもしれない」
「君が?」
「ええ」
 考え込みながら、晴佳は静かに続けた。
「わからないでしょう? 先に何が待ってるか」

 車庫を出て、誰もいない静かな道に車を回すと、フロントガラスをきらめかせながら銀色の粒が流れた。
「雨」
 晴佳がつぶやいた。


表紙 目次前頁次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved