電車は結局四十分ほど遅れた。 一応新宿駅で降りたものの、もう午後の仕事はない。 マオはちょっと考えて、この臨時の空き時間を買い物に使うことにした。
「ヨウさんには悪いけど、なんか得した気分」
罪ほろぼしに、ヨウちゃんとライリー丘のどちらも大好きな薩摩の芋焼酎でも買っていこう、と決めて、マオは東口から右に向かって歩き出した。
ル○ネ2が見えてきたころ、携帯が鳴った。 ヨウちゃんかと思い、急いで画面を覗くと、メールが入っていて、こうあった。
『おひさしぶりっす^^ マーコさんにケー番ききますたv あぁぁぁいたかったす!
わしのモトカレを取ったこと許しますで(あぅ)、ぜひぜひっ 雅代ちゃん』
雅代……? ああ、佐藤雅代! それにしてもモトカレって……マオの顔が可笑しそうにほころんだ。 中学生のころ、佐藤雅代はタレント結城誠也の大ファンだったのだ。
とりあえず近くの階段に持ち物を置き、マオはさっそく返事を打った。
『久しぶり(^0^)/♪ 今どこ?』
すぐに驚くような答えが返ってきた。
『新宿アルタの前。 こっち来たらやっぱ定番??』
そうか、雅代は芸能界に憧れてたっけ――タレントになりたくて上京してきたのなら、なかなか難しいんだけど、とちょっぴり悩みながら、マオは電話を見つめた。
佐藤雅代は、マオと同じ施設にいた孤児だった。 笑い出したら止まらないお調子者で、たしかマオと二年半ほど年が離れていたから、今は十八か十九か。 まだ成人には達していないはずだった。
すぐにマオは決心した。 後輩の面倒はできるだけ見るつもりだ。 今は幸い時間があることだし。
『じゃ、そこ動かないで。 十分か十五分で行く』
『キャッホー! 空飛んでくるの?』
相変わらずの問いだ。 マオはにやにやしながら返事した。
『マトリックスじゃなくてマオリックスだね』
バス停で三つの距離だった。 マオは自動ドアから降りるとすぐ周囲を眺め回したが、雅代らしい姿はどこにもなかった。
「あれ? じっとしてろって言ったのに」
独り言をつぶやきながら歩き出したマオは、四歩も行かないうちに呼び止められた。
「マーオちゃん!」
反射的に振り返ったすぐ斜め後ろに、男の子が立っていた。
そうとしか思えなかった。 見た人の十人中九人は男だと断言するはずだ。 キャスケット帽にジージャン、ジーパン、そして大きなレザーのスニーカー。 脚の長いことといったら、ローライズのウェストがマオの胸の高さだった。
しかし、声は間違いなく、雅代のかわいらしいソプラノなので、少年の人型ロボットに妖精が乗り込んで操縦しているんじゃないかという奇妙な想像まで抱かせた。
「はれほー……」
驚きのあまり変な言葉になった。 雅代は相好を崩し、たった一跨ぎでマオと並んだ。
「背伸びすぎちゃった。 いま百八十ぴったし。 ヒールの靴はくと、二メートルあんのか、なんて言われるんだよー」
そう言って、雅代は辛そうにもだえてみせた。 別れたときから二まわりは巨大化したが、気立ては変わっていないらしい。 不意にふるさとが戻ってきた気がして、マオは思わず雅代に抱きついていた。
「まんず懐かしいねえ」
「そんだそんだ」
二人はわざと怪しいなまりを発しながら固く抱きあい、笑い合った。 建物の大型スクリーンに設置されたカメラが、ゆっくりと首を振って通りを映しているのにまったく気付かずに。
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