「お坊ちゃんなんだ」
「ちがいますって」
困って、宏章はなんとか話をそらそうとした。
「先輩を立ててるだけです」
「私たち、そんなに年ちがう?」
ユラはしかめっ面になった。 思わぬ地雷を踏んだのに気付いて、あわてて宏章はフォローにかかった。
「そういう意味じゃなく、芸能界の経験が……」
「あ、そう。 古だぬきってこと」
言えば言うほど深みにはまる。 宏章の頭が垂れ気味になった。
するとユラがプッと噴き出した。
「めげない! からかっただけよ。 君には何の文句もないですよ。 ただ、早く打ち解けてね。 タメになれとまでは言わないけど」
マオは、久しぶりにうきうきして家路についていた。 雅代を連れて『ワンダーシティ○見』へ行き、縁日村でクレーンゲームをしたり、お祭り広場でいろんな出店をひやかして歩いて、仕上げに百円寿司をたっぷりおなかに詰め込んだ後、横浜駅まで送ってきたところだった。
雅代は東京に出てきたわけではなかった。 新潟市の旅行代理店に就職が決まり、ほっとして、創立記念日と週末の連休を使って遊びに来ていたのだ。
やっぱり故郷の友はいい。 気を遣わずにどんどん話ができるし、共通の思い出で盛り上がれる。 あのまま何時間でもしゃべっていられそうだったが、八時には帰ると結城に言っていたので、七時半にお開きにした。 それでもまだ話し足りない気がしたため、数日以内に都合をつけて、もう一度会う約束をしていた。
エレベーターに乗ったのはマオ一人だけだった。 だから気軽に低い声でハミングしながら上がっていき、落ち着いた色合いの廊下に出た。
すると、結城誠也が見えた。
彼は通路の窓側に寄りかかり、ネオンが宝石箱を開いたようにまたたく町並みを斜めに見下ろしていた。 なんでこんなところに? と意外に思いながらも、マオはうれしくて、スキップしながら近づいた。
「ただいまっ」
すぐに返事はなかった。 それどころか、顔を向けてもくれない。 外の景色に視線を据えたまま、結城は単調な声で、ぽつんと言った。
「帰ってきたのか」
は? 帰ってきて当たり前でしょ?
マオは反射的に首をかしげた。
「だって、八時に帰るって……」
「ごまかすな!」
たちまちマオは固まった。
夫に怒鳴られたのは、生まれて初めてだった。 何を怒っているのか見当がつかないから、余計とまどった。
「あの……」
「こんな女とは思わなかった」
何それ。 不意にマオは背筋を伸ばした。 なんの説明もしないで、どういう言い草だ、それは。
「どういうこと?」
「自分の胸に聞け」
なんか疑ってる。 そのことはようやくマオにもわかった。 だが頭ごなしのこの言い方は我慢できなかった。
「ちゃんと質問してよ。 言いたいことがあるなら……」
「出てくる」
不意に上着を肩に放り投げるようにかけると、結城は大股で歩き出した。 その後ろ姿を目で追いながら、マオは唇を白くなるほど噛みしめた。
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