額を拳で二度叩いて、ライリーは電話に戻った。
「聞こえた? あのね、マオがデートしてた相手って、女の子だったんだって」
答えは返ってこなかった。 茫然自失しているのか、まだ疑っているのかわからないが、ともかく結城誠也は返事のできる状態ではないようだった。
そうと察したライリーは、どんどん話を進めた。
「雅代ちゃんって言うんだってよ。 ねえ、マオ、どこの友達?」
「愛育園の後輩です。 同じ部屋にいた子」
「後輩なんだって。 身長が百八十超えてるんだってよ。 竹の子みたいによく伸びたわねえ」
返事はない。 マオは不意にライリーから電話を受け取り、ぶっきらぼうな声で言った。
「いったん切って。 今から写真送るから」
すぐに電話は切れた。
今度こそ誤解のないように、マオは雅代と撮影した写真を三枚も送りつけた。 さっきのベッタリポーズと、雅代が帽子を取ったところ。 そして、他の人に頼んで撮ってもらった、風船を手に笑っている全身像。
二分後に、結城からマオに直接電話が入った。 しかしマオは、出ないで電源を切ってしまった。
ソファーにめりこんでクッションを抱きかかえると、マオは訴えるような眼でライリーを見つめた。
「すみません、先生。 もう少しここにいさせてもらっていいですか?」
ライリーは、にやにやしているヨウちゃんと顔を見合わせた。
「いいわよ。 わたしたちはあんたがいた方がうれしいし、何かと助かるもの。 でも、家のほうは大丈夫?」
「駄目でもいいです」
マオには珍しく、きっぱりとした否定が返ってきた。
「もう覚悟を決めました。 江戸時代みたいに、こっちの説明も聞かないで別れるなんて言い出す人なんて嫌です。 話がうまいから、今会ったら丸めこまれちゃうと思うんです。 だからしばらく会わないでおきます。
それで駄目になるなら、それだけの仲だったんです」
ヨウちゃんの笑顔が引っ込んだ。 確かにマオの怒りはもっともだった。 何のやましいところもなかったのだし、結城が一言訊けば、とっくに解決していた問題のはずだった。
マオが疲れた表情で寝室に戻った後、ヨウちゃんが小声でライリーに話しかけた。
「別れるって一言が致命的だったね。 なんであそこまで言っちゃったんだろ」
ライリーはまた額を叩いた。
「人間追いつめられるとね、やけになっちゃうのよ。 マオから先に言い出されたくなくて、つい自分からメールしちゃったんでしょ」
「オレならそんな真似はしない」
ヨウちゃんは不機嫌な表情になった。
「他に好きな奴ができたんか? って正面切って訊く。 自分にできたときもはっきり言うし」
とたんにライリーは顔面蒼白になった。
「やだ。 やだ〜。 目移りしてるの? もしかしてあんた……」
「その心配性なんとかしてくれ」
ヨウちゃんはライリーの泣きそうな顔を軽く指ではじいた。
「オレもマオちゃんもおじさんフェチなの。 そう簡単に心変わりなんてしないの」
感極まってヨウちゃんに抱きついた後、ライリーはぼそっと呟いた。
「結城くんもおじさんの仲間入りか」
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