「ただいまー」
明るい声でドアを開け、FAの持つようなコロ付きのバッグを引っ張り、片腕にはなぜか派手な花束を抱えて、いちな社長が事務所に入ってきた。
マネージャーの一人と頭を突き合わせて相談していた尾関が、急いで立ち上がって迎えに出た。
「お帰りなさーい。 どうでした、ロスは?」
「まあまあ。 ほんとにまあまあってとこね。 ともかくSHUUTA〔シュータ〕の出演は取り決めてきたわ」
「おめでとうございます!」
それは、ハリウッドに本拠地を持つ映画会社の新作ファンタジーに、ハルバートプロの若手アイドルを準主役で出す契約だった。
「SHUUちゃんはハワイ育ちだから英語が得意だし、向こうは台本が早いから稽古も充分できる。 後は本人のやる気次第ね」
どさっと花束を尾関に渡して、マネージャーの北原に軽くウインクした後、いちなは縦長の部屋を見渡した。
「今日は若殿は? 出歩いてるの?」
尾関はためらった。
「副社長はれんげさんについて神南に」
「あ、そう」
いちなの眼がきらっと光を帯びた。
「彼に何かあった?」
尾関は乾いた唇をなめた。
「よくわからないんです、私たちには。 ただ、副社長はこのところずっと無口で……タレントをやめたばかりの時期と同じ感じになっちゃってるんです」
「つまり無表情無感動で、氷のロボットみたいにってことね」
いちなは身をかがめ、バッグのファスナーを開いて、中からいくつか包みを取り出した。
「はい、これお土産。 こっちが尾関さんで、これが青田くん」
「おっ、僕にもですか!」
三十代初めぐらいのマネージャーは嬉しそうに声を立てた。
「ベビー用のおもちゃよ。 日本ではあまり見かけない形だから面白いかなと思って」
「ありがとうございます!」
青田の声が弾んだ。 もらって喜ぶというよりも、いちなが子供の誕生を覚えてくれていたことが感激だったのだ。
包みを自分のデスクに置いた尾関に、いちなはさりげなく尋ねた。
「マオはよく来る?」
尾関の手が一瞬止まった。
「はい……いえ、そう言えばここ一週間は来られませんね」
「やっぱり」
いちなは鼻から息を吐いた。
「そんなことだろうと思ったわ」
それから一時間ほど後、結城誠也の姿が池袋のマンション前に現れた。 彼はエントランスの前で少しの間迷っていたが、何しろ目立つ容姿なので、帰宅途中の女子高生に遠巻きにされてしまい、追われるようにロビーへと入っていった。
203号室の番号を押すと、少しして通じたが、どうも譲り合っているというか出るのをためらっているというか、ごそごそ囁き交わしている気配がする。 結城は悪い予兆を感じた。
「もしもし、あの、結城ですが」
「ああ、はい」
ライリーの慌てた声が耳に刺さってきた。
「すみません、マオに会わせていただけるでしょうか」
「ええと」
困っているライリーに代わって、ヨウちゃんのいつもながら落ち着いた声がした。
「残念ですがプレゼント間に合いませんでした。 マオちゃんは長期の仕事を取って海外に行ったんで、四日後に帰るまでお待ちください」
「ちょっとあんた、そんなこと言って」
すました顔をしてインターホンを切ったヨウちゃんに、ライリーは食ってかかった。 ヨウちゃんはさらりとした表情で言い返した。
「やり方が姑息。 ちゃんと眼を見てあやまってからプレゼント。 順番が逆だよ」
「知らないよ〜」
ライリーは震えた。
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