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あおのロンド 34


 田坂の手が中途半端な位置で止まった。 晴佳は彼の横に視線を動かし、市郎をながめた。
「初めまして。 葉山です。 これは弟の麓郎〔ろくろう〕」
「こんばんは」
 晴佳はちらっと微笑んでみせた。 その微笑に仲間意識のようなものを感じ取って、田坂は一瞬だが市郎にジェラシーを覚えた。
 見ると、麓郎は取っておきの無邪気な表情を浮かべ、晴佳にうやうやしく頼んでいた。
「あの、そこの空いてる席に座っていいですか?」
 麓郎が手で指しているのは、晴佳の話し相手になっていたきゃしゃな娘の隣席だった。
「ええ、どうぞ」
「じゃ失礼します」
 その娘と晴佳に等分に笑顔を贈って、麓郎は席に着いた。 田坂と市郎も腰を落ち着け、司会者が登場するのを待った。


 パーティーは意外に淡々と進んだ。 そう派手な演出もなく、新製品の紹介、イメージソングの披露、支店支配人の挨拶と続いて、最後に抽選会があり、テーブルにセットされた名札の番号で豪華賞品が振り分けられた。
 後はもう出し物はなく、一挙に空気がゆるんだ。 音楽が流れ、ウェイターが飲み物を配って歩き、人々はリラックスして展示品を眺めたり、そろそろ帰り支度を始めたりしていた。 晴佳には知り合いが多いらしく、いろんな人が挨拶していった。 そのうちの何人かに、田坂は紹介してもらった。
 名刺のやりとりがあちこちで行なわれていた。 田坂だけでなく市郎もさりげない様子で社交に励んでいたが、麓郎のほうは席につきっぱなしで、横の席の娘と話し続けていた。

 カクテルを取ってきた市郎は、田坂と並んで歩きながらテーブルのほうを気にしていた。
「あいつ珍しいな。 あの子に付きっきりでご機嫌取ってる」
「一目ぼれじゃないか?」
 市郎は唇を曲げた。
「あいつが惚れるかよ。 俺以上に裏表があるんだから。 小学校のときバレンタインでもらったチョコレート、ありがとうって笑顔で受け取っておいて、全部台所ゴミに入れた男だぜ」
「甘い物が嫌いなのか?」
 田坂がツボを外した質問をしたので、市郎はプッと吹いた。
「まあそれもあるかな。 でもどっちかというと女嫌いだと俺は踏んでる。 べたべたされると寒気がするんだと」
「もったいないこと言う男だな」
 田坂は心底そう思った。
「あれだけの顔してると、もてるのが当たり前でありがたくもなんともないのか」
「さあな」
 ちょっと暗い表情になって、市郎は呟いた。


 やがて客たちはぽつぽつと帰り始めた。 晴佳と一言でもいいから二人だけで話したくて、田坂はなんとなくぐずぐずしていた。
 勘のいい市郎はその気持ちに気付いたらしく、麓郎をうながして先に帰ろうとした。
「ロク、そろそろ行こう」
 兄を見ようともせずに、麓郎は答えた。
「僕は後にするよ。 まだ話が終わってないんだ」
 その涼やかな瞳は、目の前のほっそりした娘にじっとそそがれていた。


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