ダークグリーンの車が駐車場の端に停まったとき、時刻はすでに真夜中を過ぎていた。
第二病棟の裏口から、佑磨〔ゆうま〕が白衣のまま顔を覗かせた。 手はノブを握ったままで、全身に緊張感がただよっていた。
晴佳が早足で近づくと、通り道をあけながら、佑磨は鋭く囁きかけた。
「確かなのか? さっきのメール」
「写真じっくり見たから。 こめかみにある黒子〔ほくろ〕まで同じだった」
「そうか」
小声で話し合いながら、二人は長い廊下を歩き、突き当たりのドアを二つ開いて、一番奥の隔離病室まで行った。
そこは普通、伝染病の患者を入れるところだった。 だが、佑磨も晴佳も防護服を着ることはなく、普通の格好のままで、静かに部屋に歩み入った。 扉の上に掲げたネームプレートは、杉下という名前だった。
病室はICUのような仕組みで、ガラス張りの控え室から中が見えるようになっていた。
ベッドには人が横たわっていた。 チューブが取り付けられているが、人工呼吸器は使っていない。 小さな暗い明かりのもとで、その人体はときどきピクッピクッと痙攣しているように見えた。
驚いて、晴佳はガラスに額を押しつけるようにして覗きこんだ。
「動いてる」
「そうなんだ」
佑磨がすぐに応じた。
「昨晩から足や手の指が伸縮するようになったんだよ。 だから半日付きっきりで観察していたんだ」
「電気ショックか何か試したの?」
「いや、まったく自然にこうなった。 ナースの児玉さんが見つけたんだ」
患者から目を離さずに、晴佳ははっきりと言った。
「この人、たぶん自殺未遂よ」
「そうなのか?」
「ええ、弟さんの話では、他に好きな人がいるのに償いで結婚させられそうになって、式の四日前に姿を消したんだって」
不自然な沈黙が二人の間に流れた。 小さく咳払いすると、佑磨は傍の壁にもたれた。
「なんて人? その弟って」
「堀田。 堀田宏章」
「なぜ晴佳にそんな話をしたり、写真見せたりしたんだろう」
「決まってるわ」
ゆっくりと晴佳は兄の傍へ行って、自分も白い壁に寄りかかった。
「探したのよ。 あれから一ヶ月半、行きそうなところを探し回って、たぶん探偵を頼んで」
晴佳は固く眼を閉じた。
「そして目撃者を見つけた。 ダークグリーンの車は、そう数が多くない。 彼は必死で的を絞って、さりげなく私に近づいた」
佑磨はガラスの向こうをちらっと眺め、ささやき声になった。
「もう死んでると思ってるんじゃないか?」
ぱっと晴佳の瞼が開いた。
「普通はそう思うでしょうね」
佑磨はうなだれた。 そして呟いた。
「ごめん、晴佳。 全部俺のせいで」
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