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あおのロンド 50


 石垣が挨拶に行くと言ってきかなかったので、二人は鎌倉にある晴佳の実家を目指した。
「ただいま」
「お邪魔します」
 二人の声が交差して響いた玄関に、男物の靴がきちんと揃えて置いてあった。 石垣は目ざとくそのスニーカーを見つけ、眉を寄せた。
「若い子向きの靴だ。 お兄さんじゃないね」
「誰かしら」
 晴佳には思い当たらなかった。
 奥から母親の幸世〔ゆきよ〕が出てきた。
「おかえり。 いらっしゃい、石垣さん」
「さっきロンドンから帰ってきました。 うちに戻るより先にご挨拶したくて」
 そつのない口調で言う石垣に、幸世はあけっぴろげな笑顔を見せた。
「いつも気を遣っていただいて。 最近の若い方ってバブルの頃よりずっと礼儀正しくなってるわね」
「この靴の持ち主もですか?」
 冗談めかして石垣が問うと、幸世はひょいとスニーカーを覗いてうなずいた。
「ええ、とてもしっかりした人ですよ。 朱里〔あかり〕を尋ねて見えたの」
 石垣はあからさまにほっとした表情を見せたが、反対に晴佳の顔は緊張した。
「その人、葉山さんって言った?」
「ええ、確か」
 相変わらず大ざっぱな母は、名前をよく思い出せないようだった。
「朱里大喜びだったわよ。 珍しく杖ついて自分で出迎えて」
「私ちょっと見てくる」
「よしなさい」
 石垣が、もう夫のような言い方で引き止めた。
「朱里ちゃんだって子供じゃないんだ。 ボーイフレンドがいてよかったじゃないか」
 かすかな苛立ちの色が、晴佳の眼に浮かんだ。 だがすぐに拭い取ったように消え、晴佳は脱いだ靴を脇へ寄せると、石垣と並んで和室のほうへ入っていった。


 ベランダにあるゆったりした椅子に腰かけて、朱里は庭園灯の影が大きな蛍のように光る水面を見ていた。
「そろそろ寒くない?」
 手すりにもたれて月が昇ってくるのを眺めていた麓郎〔ろくろう〕が尋ねた。 朱里はその言葉を聞いて、急いで立ち上がろうとして、杖を倒してしまった。
 素早く麓郎が拾い上げた。
「これってヤワだな。 僕が杖になるよ。 つかまって」
「悪いわ」
 朱里は上気した顔でためらった。
「なんで! ほら、こうして肩につかまれば歩きやすいよ」
 そう言っている間に麓郎の腕は朱里の背中に回り、上手に椅子から起こして敷居を越えさせた。
「高校のときにスキーで脚折ったことあるんだ。 だから気持ち少しはわかるよ。
 骨折したことある?」
「ううん」
「太腿を折ると大変なんだ。 ギプスの中が鬼みたいにかゆくなっちゃって。 手が入んないから針金ハンガー伸ばして突っこんでごしごし」
 麓郎は思い出して笑った。 健康な歯が光るのを、朱里はぼんやりと見上げていた。


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