十一月も終わりに近づくと、世の中はいかにも年末といった雰囲気になる。 街頭には年末セールの札が踊り、まだ一ヶ月も前なのにクリスマス・ツリーが姿を現す。
緑と銀に飾りつけられたステーショナリー・ショップから、大きな紙包みを抱えてライリーが出てきた。 横には三日ぶりにヨウちゃんと、それににこにこ顔のマオが寄り添っていた。
「まだ11月と言ったってねあんた、外国郵便は当てにならないのよ。 早めにカード書いて外国のお友達に出しとかないと。
ええと、ジュネーヴでしょ? ハワイでしょ? それにリガと台湾とヴェトナムと……」
「だからインターネットで出しゃいいじゃん。 作ってあげるよ、カラフルなメール」
「でもそれじゃ何となくお手軽すぎて心が……」
はっと思いついて、ライリーは声を途切らせた。 新宿に店を持ってから、ヨウちゃんは忙しい。 前の半分もデートできないのだ。 ネットでクリスマス用メールを作ってもらう間は、一緒にいられるじゃないか!
「ううん、わたしの勘違い。 それすごくいいアイディア。 帰ったら作って。 わたしは文面考えるから。
二種類か、三種類あってもいいわね。 ええと、そうだ! デザインをマオに頼もう! どう、マオちゃん?」
とたんにヨウちゃんがニヤついた。
「いいねいいね。 マオちゃんうちにおいでよ。 一緒にゲームもできるし」
ヨウちゃんはマオが大好きなのだ。 初対面のときから気が合っている。 たぶん一生の親友になるだろう。
微笑みながらも、マオはちょっとためらった。
「行きたいんだけど、うちの井上さんが……」
「あら、相変わらず束縛してんの?」
ライリーの吊りあがった眉に、マオは急いで首を振った。
「いえ、束縛っていうんじゃなく、あの、ひっつき虫というか」
とたんにヨウちゃんが爆笑した。
「要するに、もれなくついてきちゃうんだ!
いいよ、にぎやかでいいじゃん。 みんなで集まろう」
「ソフトで絵が描けるようになったから、うちから送ってもいいんだけど、でもやっぱり行きたい。 みんなで騒ぎたいから」
「おーし!」
珍しく男性的に吠えて、ライリーはヨウちゃんの長い腕に手をからませた。 ヨウちゃんはマオにもう一方の腕を貸し、三人はまるで『オズの魔法使い』の主役たちのように、陽気に舗道を練り歩いていった。
笑いさざめきながら通っていく三人の横を、ツイードのコート姿の男がすれ違った。 まじめな表情で、いかにも仕事ができそうだが、さまざまなライトの流れがその顔を照らすたびに、わずかずつ複雑な影が見え隠れした。 それは、光の当たり具合で微妙に表情が変わる能の面にも似ていた。
「ハッピーバースデイ」
ショーウインドウに映った自分の淡い姿にそう呟くと、彼はポケットに手を突っ込み、足を早めた。
誕生日なんて、どうということはない。 まして今日は三十歳になる日だ。 嬉しくもなんともなかった。
ただ、彼は一つのことを思い出していた。 晴佳と初めて会ったのは、横川政信の誕生会の夜。 豪邸の階段の上だった……
「もて遊ばれて捨てられて、っていうやつだな」
自嘲が出た。 だがすぐに、不思議なほどあっさりと怒りは遠のいていった。
今の毎日がモノクロなら、晴佳のいた二週間半は虹色に輝いていた。 予想のつかない行動に振り回され、一日が三十四時間にも、五十時間にも思われるほど充実して、長かった。
「目いっぱい生きてるって感じがした」
口の中に独り言を押し込め、田坂は首を振って、遅くなった足をまた急がせた。
今日は、弁護士事務所に出発の挨拶をする日だった。
「だからそれはないだろう?」
通話相手は苛立っていた。
「もう十日だぜ。 十日も会えないぐらい仕事が忙しいって、働きすぎなんじゃないの?」
本当に疲れきって、運転しながら瞼が落ちてくるという経験をはじめて味わった晴佳は、石垣の苛立ちに心がささくれ立った。
それでもできるだけ穏やかに、晴佳は答えた。
「薬局の同僚がひとり辞めちゃったし、病院のほうも取り込んでて」
「わかったよ」
途中で遮ると、石垣はぎょっとすることを言った。
「夜はまた病院へ行くっていうんだろ? 僕も行くよ」
「えっ? 待ってよ!」
電話は一方的に切れた。
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