「そう。 それで?」
晴佳は直感した。 この人は知っている。 もう前もって調査済みだったんだ。
「堀田、ええと、久典。 たしかそうだよね。 四国じゃちょっと名の知れた画家なんだって?」
石垣はむしろ楽しげで、余裕さえ感じさせた。 そして唇を少し曲げて、冷ややかな口調になった。
「だからちょうどいい機会だと思って、人を連れてきてるんだ。 今呼ぶから」
それが誰か、晴佳には直感でわかった。
石垣は本気だった。 もう愛とか恋ではなく、彼にとってはメンツの問題なのだった。 たとえ晴佳を怒らせ、嫌われようと、彼女を手放すわけにはいかない。 そう決めてしまった石垣は、暴走車のように最悪の道へ突入しかけていた。
覚悟を決めて、晴佳は石垣がまたドアを開けて出ていくのを見守った。 胸が不規則に鳴っていたが、頭は冴えていた。 まだこっちにはツキがある。 この封筒が今日届いて、ここへ持ってくることができたのは心強い。 探偵事務所に調べてもらったこの書類が、晴佳の最大の武器だった。
予想したとおりだった。 石垣のしゃれたスポーツカーから現れたのは、まず松葉杖が二本。 それからきゃしゃな女が姿を現した。 石垣がわざとらしいほど大げさに手を貸している。 妙に醒めた気分で、晴佳は戸口に立ちふさがるようにして、二人が近づいてくるのを見ていた。
そばまで来ると、石垣が余裕の態度で声をかけた。
「こちらは北美知香〔きた みちか〕さん。 堀田さんのフィアンセだ。 なぜか君達は知らせようとしなかったみたいだけど」
「ええ」
落ち着いて、晴佳は答えた。 足は敷居をしっかりと踏みしめて立ち、道を譲る気配も見せなかった。
「初めまして、北さん。 堀田久典さんは回復しかけたところで、まだ興奮させてはいけない状態なので、面会謝絶にさせていただいてます」
「私は婚約者よ!」
なかなか魅力的なハスキーヴォイスで、北美知香は反発した。 押しが強そうだった。
「聞いています。 ただ、会って一番神経が乱れるのが、たぶんあなたなんじゃないかと」
「失礼ね、この人!」
しっとりした低音が金切り声に近くなった。
「ともかく会わせて。 どうしても話が……」
「このことですか?」
しゃにむに晴佳を押しのけようとした娘の目の前に、写真が突き出された。
見たとたん、美知香は反射的に引ったくろうとした。 しかし、晴佳のほうが寸前に体の後ろへ隠してしまった。
「歩いてますよね、というより、走ってる。 松葉杖なんかどこにもないですね」
「卑怯よ!」
「してもいない怪我を理由に結婚を迫るのは、卑怯じゃないんですか?」
石垣は額に皺を寄せて二人を見比べていたが、晴佳にとってはとんでもない結論を下した。 いきなり美知香に手を貸して、封筒を奪い取ろうとしたのだ。
あきれて体をよじりながら、晴佳はあえいだ。
「そんなことしたって無駄よ! 私のパソコンにもデジタルで入ってるのよ」
「うるさい!」
完全に逆上したのだろう。 石垣の平手打ちが晴佳の頬に飛んだ。
手加減なしだった。 吹っ飛んで壁にぶつかった晴佳をまたいで、石垣は美知香をひきずるようにして中へ入ろうとした。
廊下を走ってくる靴音が響いた。 そして次の瞬間、石垣は思い切り殴られ、ズシンという重い音を立てて床に倒れた。
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