表紙
表紙目次文頭前頁次頁

あおのロンド 60


「そう。 それで?」
 晴佳は直感した。 この人は知っている。 もう前もって調査済みだったんだ。
「堀田、ええと、久典。 たしかそうだよね。 四国じゃちょっと名の知れた画家なんだって?」
 石垣はむしろ楽しげで、余裕さえ感じさせた。 そして唇を少し曲げて、冷ややかな口調になった。
「だからちょうどいい機会だと思って、人を連れてきてるんだ。 今呼ぶから」
 それが誰か、晴佳には直感でわかった。

 石垣は本気だった。 もう愛とか恋ではなく、彼にとってはメンツの問題なのだった。 たとえ晴佳を怒らせ、嫌われようと、彼女を手放すわけにはいかない。 そう決めてしまった石垣は、暴走車のように最悪の道へ突入しかけていた。
 覚悟を決めて、晴佳は石垣がまたドアを開けて出ていくのを見守った。 胸が不規則に鳴っていたが、頭は冴えていた。 まだこっちにはツキがある。 この封筒が今日届いて、ここへ持ってくることができたのは心強い。 探偵事務所に調べてもらったこの書類が、晴佳の最大の武器だった。

 予想したとおりだった。 石垣のしゃれたスポーツカーから現れたのは、まず松葉杖が二本。 それからきゃしゃな女が姿を現した。 石垣がわざとらしいほど大げさに手を貸している。 妙に醒めた気分で、晴佳は戸口に立ちふさがるようにして、二人が近づいてくるのを見ていた。
 そばまで来ると、石垣が余裕の態度で声をかけた。
「こちらは北美知香〔きた みちか〕さん。 堀田さんのフィアンセだ。 なぜか君達は知らせようとしなかったみたいだけど」
「ええ」
 落ち着いて、晴佳は答えた。 足は敷居をしっかりと踏みしめて立ち、道を譲る気配も見せなかった。
「初めまして、北さん。 堀田久典さんは回復しかけたところで、まだ興奮させてはいけない状態なので、面会謝絶にさせていただいてます」
「私は婚約者よ!」
 なかなか魅力的なハスキーヴォイスで、北美知香は反発した。 押しが強そうだった。
「聞いています。 ただ、会って一番神経が乱れるのが、たぶんあなたなんじゃないかと」
「失礼ね、この人!」
 しっとりした低音が金切り声に近くなった。
「ともかく会わせて。 どうしても話が……」
「このことですか?」
 しゃにむに晴佳を押しのけようとした娘の目の前に、写真が突き出された。
 見たとたん、美知香は反射的に引ったくろうとした。 しかし、晴佳のほうが寸前に体の後ろへ隠してしまった。
「歩いてますよね、というより、走ってる。 松葉杖なんかどこにもないですね」
「卑怯よ!」
「してもいない怪我を理由に結婚を迫るのは、卑怯じゃないんですか?」
 石垣は額に皺を寄せて二人を見比べていたが、晴佳にとってはとんでもない結論を下した。 いきなり美知香に手を貸して、封筒を奪い取ろうとしたのだ。
 あきれて体をよじりながら、晴佳はあえいだ。
「そんなことしたって無駄よ! 私のパソコンにもデジタルで入ってるのよ」
「うるさい!」
 完全に逆上したのだろう。 石垣の平手打ちが晴佳の頬に飛んだ。
 手加減なしだった。 吹っ飛んで壁にぶつかった晴佳をまたいで、石垣は美知香をひきずるようにして中へ入ろうとした。
 廊下を走ってくる靴音が響いた。 そして次の瞬間、石垣は思い切り殴られ、ズシンという重い音を立てて床に倒れた。
 


表紙 目次前頁次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved