他の知り合いにはすべて挨拶を済ませ、あらかじめ別れを告げておいたので、空港へ田坂を見送りに来たのは、葉山市郎ひとりだった。
「なんて言うかなあ、俺が腹割って話せるのはおまえだけだから、地球の裏側へ行っちまうと聞くとな、ちょっと」
「今はすぐ連絡取れるじゃないか。 パソコン電話もあるし」
「まあな、どっちみちおまえ飲めないから、話すだけだしな」
「そうだよ」
湿った話題を変えようとして、田坂は明るい声を出した。
「それより、麓郎くん鎌倉に通いつめてるんだって? いよいよ年貢の納めどきか?」
市郎の表情に不自然な影が出た。
「さあな……俺最近あいつと話してないんだ」
「へえ、珍しい」
なんのかんの言いながら、市郎は弟を便利に使っていたし、麓郎のほうも兄を利用していた。 この兄弟はお互いの足りないところを補い合う絶妙なコンビだったのだが。
田坂の横にどんと座ると、市郎はぶっきらぼうに説明した。
「俺は調査が専門だ」
「うん」
「だから当然、麓郎の新しい彼女も調べた」
「朱里〔あかり〕さんだったね」
「そう、元宮朱里。 そしたら、やばいことがわかったんだ」
やばい? 田坂には予想できなかった言葉遣いだった。
「あんないいところのお嬢さんが、やばいって……」
「そういう意味じゃない。 あの子、死にかけてるんだ」
刃のように刺さる言葉だった。 田坂はあっけに取られた。
「なんだって?」
渋面といっていい顔で、市郎はだだっ子のように貧乏ゆすりを始めた。
「筋肉が動かなくなる難病なんだってよ。 でも本人は麓郎に必死になって隠してる。 同情されるのが嫌なのか、病人だとわかって去られるのがたまらないのか」
田坂は立ち上がった。 不治の病と聞くと、胸が息苦しくなる。 出発の侘しさが増した気分になった。
「かわいい人だったがな。 一度しか見たことはないが」
「麓郎は平気なんだ」
砂を噛む口調だった。
「いいチャンスだと思ってる。 知らん顔して結婚申込む気なんかもな」
不快な味が、田坂の口に広がった。
「つまり」
「財産目当て」
ずばりと言うと、市郎も勢いをつけて立ち上がった。
「俺もいろんなことをやってきたが、スケコマシだけはしてないし、やりたくもない。 まああいつと違ってもてないから無理か。
普通の女ならまだしも、先のない病人を引っかけるのは」
それから、あっという顔で我に返った。
「悪い。 めでたい出発を愚痴で暗くした」
「いや……」
晴佳はどう思っているんだろう、という疑問が頭をかすめたが、すぐに振り払った。 もう関係ないんだ。 晴佳とも、不幸に見舞われたその妹とも。
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