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あおのロンド 73


「今だから言うけどって前置きして、麓郎さんがさっき話してくれたんだ。 初めて会ったときね、私がすごく影が薄く見えたんだって」
「そんなこと……」
 怒りかけた晴佳を、朱里はすばやく遮った。
「違うの。 病気のこと気付いたんじゃなく、失恋したと思ったらしい。 眼が本当に悲しそうだったって言ってた。
 暗い世界から引き戻せるか、やってみたんだって。 治らない病気だとわかった今も、足引っぱって天使の羽根が生えるのを邪魔したい気持ちなんだって」
「なぜよ! そんなに清らかな心の持ち主なの? 魂のボランティアってわけ?」
 言い過ぎとわかっていても止められなかった。 なんて傲慢な男の子だろうと思った。 言われなくたって家族は全員そう願っている。 できるものなら自分の寿命を半分譲っても地上に残ってほしいと。
「そうじゃない。 彼は普通の男の人よ。 並みより優しいけど」
 そして朱里は、麓郎に起こったことを晴佳に話した。

「PTSDのような心の傷は、たいていの人にあると思う。 強い性格だったり鈍感だったりすれば、じきに忘れてしまうかもしれないけど、普通は思い出すたびに辛くなる。
 麓郎さんは、私を慰めたかったのよ。 私の喜ぶ顔を見て、自分も慰められてるの。
 ね、これっていい関係じゃない? 恋じゃないけど、友情かな?」
 もしそれが本当なら、傷のなめ合いに近いんじゃないか、と晴佳は考えた。 だが、気持ちはだいぶ落ち着いた。 防ぐ術を持たない妹が傷つけられるのだけは、どんな手段を使っても防ぎたかったが、どうやら麓郎は、そういう敵ではないようだった。

 底冷えする朝が増え、秋は深まっていった。 石垣の訴えは、結局話し合いで示談ということになり、晴佳は非を認めて指輪を返した。
 美知香は相変わらず消えたままだった。 このまま影となって、久典の生活に不安を投げかけ続けるのかもしれない。 だが久典の心がぐらつくことは、もうなさそうだった。

 晴佳は休みになると、田坂と連れ立って新居捜しをした。 家を選ぶというよりも、家について話し合うことが多く、デートをかねてあちこち回っているうちに、ずいぶんお互いのことを理解した。
 梅島のマンションに送ってきて、おやすみを言うとき、別れの言葉は決まっていた。
「ずっと一緒にいたいもんな」
「うん、ずっと一緒に暮らしたいから」
 だからすべてを少しずつ積み上げていこう――それが二人の愛の姿勢だった。


「やっぱり性格よね。 私も今度恋をしたらしんみり地味にやりたかったんだけど」
 宏章からうつったのだろう、派手に両手を広げてみせて、ユラは笑った。
「あけっぴろげ。 あんな無邪気な人と思わなかった。 ユラさ〜〜んって、道の真ん中で大声で呼ぶのよ」
「そのわりにはゴシップにならなくて」
 晴佳がからかうと、ユラはぜんざいの椀に半分顔を突っ込んで上目遣いになった。
「いっそ芝居がかって見えるんじゃないの? だから本気と思われないんだ。
 でもねでもね、毎週ヨーロッパから戻ってきてくれるんだよ。 毎週よ!」
「はいはい」
 宏章はそういう人だ。 人一倍、いやニ倍ぐらい愛情深いのだ。 消えた兄を探して一ヶ月以上粘り強く調べ、見つけた後も病室に毎日のように通って守りきった宏章を、晴佳は密かに尊敬していた。
 だが、ユラをこれ以上有頂天にさせるつもりはなかった。 わざと関心のない態度を装って、晴佳は箸を置いた。
「ごちそうさま。 それで新曲はいつ出るの?」
 ユラの目が輝いた。
「あさって! 宏章の編曲で、ゴスペル風なの。 ライブで試しに歌ったら、反響すごかったんだ。 クリスマス・ソングとして大化けするかもねっ!」
「待合室のバックミュージックにできるかな」
「できるできる! 静かなバラードだから! ありがとう晴佳。 いつもさりげなく宣伝してくれるよね」
 テーブル越しに抱きつかれて、晴佳は口をとがらせた。
「やめ。 そういうの苦手」
「照れるなって。 態度は冷たいけど心はホッカイロ」
「仲間褒めはよそう。 買ったもの忘れないでね」
「そうだ!」
 三つづつ紙袋を大事に抱えて、二人は甘味処をあわただしく後にした。


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