結城は人ごみが嫌いだった。 だが妻の喜ぶ顔を見るのは好きで、だから車を事務所の駐車場に置き、電車を使って丸の内の駅まで来た。
ときは12月24日。 クリスマス・イブだ。 夏ならまだ明るい時間帯だが、すでに空は暮れなずんで、アーチが薄暗く立ち並んでいるのがぼんやりとしか見えなかった。
駅前はもう人だかりで溢れていた。 相変わらず黒の好きな結城が、長いコートの裾をひるがえして歩き出すと、ひそかなざわめきが列になってうねった。
「見て見て、結城誠也よ」
「背高いね。 なんか前よりきれいになったみたい」
いつもなら愉快でないその囁きも、今夜は気にならなかった。 いや、むしろ有難かった。 目立っていれば、すぐマオたちに見つけてもらえるはずだ。
思惑どおり、しなやかに人ごみを縫って歩いている結城の脇に、茶色と白のコートが寄り添ってきて並んだ。 珍しく白を着ているマオが、上気した顔で笑いかけてきた。
「間に合ったね」
「ああ。 実は強引に切り上げてきた」
加賀見俊〔かがみ しゅん〕の撮影会のことだ。 ファンクラブの企画で盛会だったが、いつもは二次会まで付き合う結城が四時で抜けたので、加賀見そっちのけで文句を言う女の子たちもいた。
「あんた目当てで来てる子もいたんでしょ。 全盛期ですぱっと引退したから、逆に人気が続いちゃうのよ。 神秘的とかなんとかでね。 あんた、作戦まちがえたわね」」
ライリーがずばりと言うので、結城は苦笑してごまかした。
「さあね。 ところで、ヨウちゃんは?」
茶色のファーコートを寒そうに体に巻きつけながら、ライリーはべそをかきそうになった。
「はぐれちゃったのよ。 さっきお得意さん見つけて挨拶に行って、それっきり」
「あ、いたいた!」
噂をすれば影、ということわざ通り、混雑をかき分けながら当人のヨウちゃんがひょっこり現れた。 たちまちライリーはサンタクロースそこのけの笑顔になった。
「あんた! どこ行ってたの? 迷子になったんじゃないかって心配で」
「さすがに凄い人出だね。 本気で心配したよ。 もう逢えないんじゃないかって」
必死で探し回ったらしい。 ヨウちゃんのこめかみに汗が光っていた。
「そろそろ五時半だ」
と、結城が注意を引いた。 四人はしっかり手を繋ぎ、その瞬間を待った。
どこからか自発的にタイムカウントの声が聞こえていたが、ひとつにまとまらないうちに、いきなり目の前が明るくなった。
「おお」
一斉にどよめきが上がった。 みんなの首が上を向き、連綿とつながる光の錦絵に、ただ見とれた。
「やっぱりスケールが違うわねえ」
ただの電球の集まりじゃないの、と来る前は軽くあしらっていたライリーも、息を弾ませていた。
輝くアーケードの下を、人々はゆっくり移動し始めた。 ミレナリオの祭典の始まりだった。
マオの肩に腕を回して、結城は次から次から現れる輝きの門に視線を走らせた。
「なんだか後ろに流れていくような気がするね」
「教会のステンドグラスとか、モスクのタイルを連想する」
うっとり見上げるマオの瞳に、光が映りこんで星座のようにきらめいた。 すかさず結城はデジカメを出して撮ろうとしたが、ためらい、腕をおろした。
マオは夫に微笑を向けた。
「どうしたの? 写さないの?」
「撮るよ。 でも今のマオの顔、写真じゃ撮れない」
微笑みが淡くなった。
「どうして?」
「つまりさ、ここにしまっとく顔なんだ」
そう言って、結城は自分の胸を指差した。 マオは体を斜めにして、指の当たっているところにゆっくり頬を載せた。
「ずっと一緒」
マオの頭を抱えて、結城はささやき返した。
「ああ、ずーっと」
真似をして、ヨウちゃんもライリーの肩を引き寄せた。
「俺たちもだよな。 ずーっとずっと一緒!」
「長生き同盟でも作るか」
ライリーが無粋なことを言ったので、ヨウちゃんは顔をしかめた。
「ヒロさん、恥ずかしがっちゃだめ! 今は今しかないんだよ。 思いっきり楽しまなくちゃ」
「いつだって今よ」
「こら」
「ごーめーん」
不意にライリーは目をしぱしぱさせ、鼻をすすった。
「ここんとこ何か落ち着かなくて。 夜にひとりだと飛び起きちゃうことがあるの。 更年期かしら」
「やめ!」
「はいはい。 痛ーい! そんなにぎゅっと握らないで」
「愛のムチ」
「うわー」
ようやくマオを離した結城が、振り向いて手を伸ばした。
「さあ、みんなで手つないで。 はぐれ鳥にならないようにね」
四人はまたしっかり指をつなぎ合い、暖かそうな人の流れに乗って、ただよっていった。
カップルや親子連れ、友人連れが多い観客の中に、紺色のマフラーを口まで巻いた青年が一人たたずんでいた。
人々は彼の横をすり抜けて、歩いていく。 清流の中の小さなよどみになって、彼はアーチを見上げていた。
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