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表紙

心の連鎖 27


 時間を無駄にはできなかった。 フィリスはすぐに、アマンダと交わした約束を話した。
「週末にまたレイシー屋敷に泊まってもいいって」
「じゃ、日曜にはゆっくり会えるんだね」
「ええ。 アマンダの家は誰もうるさいこと言わないから助かるわ」
 ふたりは倉庫の横手に入り、人目につかないようにして話していた。 暗い中でお互いの表情はわからないが、しっかりと握り合った指先が、五本のろうそくのように熱っぽかった。
 地面から湿った冷気が這い上がってきた。 スコットは首をすくめ、再びマフラーを外して、フィリスの肩に巻きつけた。
「だいじょうぶ? 風邪引かない?」
「平気」
  私はロジャーに似て丈夫だから、と言いかけて、フィリスはようやく胸の奥にわだかまっていたもやもやした気持ちの正体を知った。
――そうだ。 この人はアランに雰囲気が似てるんだ――
 スコットの髪は絹のような金髪ではないし、眼の色もアランの青さとは違う。 しかし、優しい面差し、ひたむきさ、そして、相手を気遣う心配りのよさは、夭折したすぐ上の兄、アラン・コートニーを思い出させた。
アランは最後までメグという恋人ひとりを愛し抜いた――フィリスの背中に武者震いに似た熱い悪寒が走った。 やはりスコットは、私の運命の人なのだろうか……。
 星も月もすっぽり覆い隠していた雲の天蓋から、氷の粒そのままの冷たさを保って、雨が落ちてきた。 フィリスは精一杯腕を伸ばし、背の高いスコットの首元にマフラーをかけ直した。
「ありがとう。 暖かかった」
「君を護りたい。 このマフラーのように」
「兄が……」
 喉が急にせばまって、呼吸が乱れた。
「兄は色々とうるさい人なの。 家柄とか、格式とか。 もうじきデビューさせられるのよ」
「君にふさわしい結婚相手を探すためにか」
 スコットの息も不規則になった。
「僕は平凡な家の出で、財産もない。 今のところは。 でも君のためにきっと這い上がってみせる。 努力して、君にふさわしい人間になる!」
「私はただの女学生よ。 コートニーという壁があるだけ」
「君が? こんなに大きくてビロードみたいな眼をした、サラ・ベルナールみたいな美しい人が?
ほんとに君の眼は不思議な輝きがある。 あけぼのの光がにじんだ大地のようだ」
 建築家で詩人なんだ、とフィリスは照れながら、嬉しさを隠せなかった。
「想像するときれいね。 自分の眼が人からどう見えるかよくわからないけど」
 雨は激しくなっていた。 水粒の重さで近くの枝が折れ曲がり、白い線がスコットの帽子の真上にしぶきを作って落ちてきた。
「わっ」
「もう帰って。 すぶ濡れになってしまうわ」
「あと五分」
「また明日」
「三分!」
「さよなら」
 思い切って爪先立ちになると、フィリスはスコットの頬に軽く唇をつけた。
「おやすみなさい」

 スコットの指が、かすかにふるえながら自身の頬をなぞった。
「おやすみ」
 柔らかい声が、少し遠ざかった。
「でも眠れそうにないな。 心臓がここで暴れまわってる」
 誓いを立てた人のように、数秒間胸に手を当ててみせてから、スコットは片手を軸に、ひらりと柵を乗り越えた。 そのシルエットを目で追うフィリスの腕も、自然に自分の胸を抱きしめていた。


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