心の連鎖 35
「君はフィリスととても仲良しで、土日に二度、家に泊めたそうだね」
「はい」
「あの子はそのとき、どこかへ行きたいなどと言っていなかっただろうか?」
「いいえ、特には」
アマンダの声は凪ぎの海のように平坦で、感情が見えなかった。
トリシーは膝を乗り出すようにして、初対面の少女に語りかけた。
「フィリスは冒険家じゃないわ。 むしろとても慎重な性格よ。 ひとりで学校を抜け出すなんて私には考えられないんだけど」
アマンダは何の反応も示さなかった。 だがトリシーはひるまずに言葉を続けた。
「でも二人なら行くかもしれない。 フィリスの望むものを与えてくれる人と一緒なら」
今度はロジャーのほうが反応した。
「望むもの? なんでも持ってるじゃないか」
「家庭は?」
アマンダの眼が一瞬泳いだ。 ほんのわずかな変化だったが、トリシーは見逃さなかった。
「そうなのね。 やはりフィリスは、駆け落ちしたのね」
ロジャーの顔がまず白くなり、それからみるみる赤味を帯びた。
「馬鹿な! あのおとなしい、影の薄い子に、誰がちょっかいを出すっていうんだ!」
たまりかねて、ランフィス教頭が口に手を当て、わざとらしくコホンと咳払いした。
「失礼ですが、そういう言葉遣いを生徒の前では……」
ロジャーは聞く耳持たなかった。
「第一、女学校の寮に入っていて、どうやって男と知り合ったり……」
言葉が途切れた。 黒い眼の鋭い光が、アマンダを正面からぐっと見据えた。
「君が取り持ったのか?」
「ロジャー」
低くたしなめると、トリシーは真剣にアマンダを説得にかかった。
「友情に厚いのね。 告げ口したくないという気持ちはよくわかるわ。 でも世間は広いし、若い娘には危険なところよ。 相手が本当に信頼できる人か、十七歳の娘にわかるかしら」
思わず口を開きかけて、アマンダはぐっとこらえた。
「何のお話か、私にはわかりません」
このまま攻め立てても、アマンダは絶対に白を切り通すだろう。 やむを得ず、トリシーは教頭に向き直った。
「ちょっとお願いできますか?」
「なんでしょう、奥様」
ランフィスは丁重に尋ねた。
「私と二人だけで話させていただきたいの」
たちまちロジャーがしかめっ面になった。
「トリシー!」
「女同士ならわかってもらえることがあるのよ。 教頭先生、お願いします。 十五分で結構ですから」
ランフィスはためらったが、やがて胸ポケットから懐中時計を出して文字盤を確かめた。
「十五分ですね。 それじゃ奥様を信頼してお任せしましょう。 ただし、それ以上はだめですよ」
「ありがとうございます」
トリシーはほっとして、ロジャーが怖い顔で教頭と共にいったん部屋を出るのを見送った。
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