心の連鎖 36
アマンダと二人きりになると、トリシーは不安でたまらない心のうちを素直に表情に出した。
「あなたは秘密を漏らさない人ね。 だから信じて話すんだけど、脅迫状が届いたの」
アマンダの目がすわった。 トリシーは必死で言葉を続けた。
「フィリスをさらったから五百ポンド持ってこいと書いてあったわ」
「五百ポンド!」
思わず口に出してしまって、アマンダはあせって下を向いた。 当時、パブリックスクールの奨学金が年に五十ポンドだったことを考えると、その金額は相当の大金だった。
「これから銀行へ行くんだけど、すぐに用意してもらえるかどうか。 それに、さらわれたフィリスが無事かどうかも……」
「無事です!」
アマンダは間髪を入れず叫んだ。
「彼はほんとにフィルを愛してます! 誘拐なんて、初めからやる気だったらとっくに実行してたはずです! チャンスはいくらでも……」
声が次第に小さくなり、立ち消えた。 トリシーは素早くアマンダの真意を悟った。
「フィリスが共犯じゃないかと思ってるのね。 駆け落ちの費用が必要だから、実家を騙してもぎ取ろうとしていると。
でも私は、ちょっぴりあなたより長くフィリスを知ってるわ。 あの子は金目当ての男性を好きになるようなことはしない。 人を見る目は私よりあるぐらいなの。
だからとても心配よ。 もしかしたらその恋人と二人とも悪者に掴まっているのかもしれないわ。 確かめなきゃ」
ジレンマで、アマンダの顔が歪んだ。
「……誰にも打ち明けないって誓ったんです」
「これは密告じゃないわ。 名前がわかっても学校には言いません。 家族の秘密にするから、どうかお願い!」
トリシーの顔は誠意に溢れていた。 アマンダは二度深呼吸をした後、遂に降参した。
「スコット・ロームさんです。 ゴードン&ベナム建築設計事務所に勤めてます」
「ありがとう!」
トリシーは慌しく立ち上がり、アマンダを残したまま部屋を出た。
廊下の端にもたれていたロジャーが、トリシーを見て体を起こした。 小走りで近づいたトリシーは、教頭が自室から出てくる前に素早く耳打ちした。
「相手の名前がわかったわ。 スコット・ローム。 設計事務所に勤めているらしいわ」
ロジャーの目がゆっくり細まった。
「よし! すぐ行こう」
夫妻は手分けすることにした。 ロジャーは銀行へ行って金を引き出し、トリシーはスコットの事務所に問い合わせて事情を探る。 ゴードン&ベナム事務所は、電話交換手に番号を訊くとすぐわかった。
しかし、電話に出た、秘書らしい女性は、スコットが今朝急に休暇を取ったと告げて、トリシーの気持ちを沈ませた。
ロジャーが銀行へ急いでいる頃、スコットは二人組の不良、ドビー・レイシャムとハリー・オーツを連れて、裏街を歩いていた。
「おめえを信じないわけじゃないんだよ。 ただ、本気で惚れてるようだから、こっそり逃がしたりしてたら大変だと思ってよ。 念のため」
「遠くから見るだけだぞ。 陰でこんなことになってるなんて、彼女は全然知らないんだからな」
スコットの頬がかすかに痙攣した。
「知らないほうがおまえにも好都合なはずだ、ドビー。 金が手に入ったらすぐ国外へ逃げる手はずなんだろう?」
「その通り」
ドビーの声も真剣になった。
「ひどくやばいんだよ。 かっとして殺っちまったから。 掴まったら絞首刑だ。 たまんねえ!」
「そのうえ誘拐罪まで加わったら、どこの植民地に行っても手が後ろに回るぞ」
「おい、脅すなよ」
ドビーはわざと大げさに震える真似をした。
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