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表紙

心の連鎖 37


 間もなく三人の若者は、スコットの下宿の裏口に着いた。 肩に力を入れたまま、スコットは先に立って階段を上り、右に向かって二番目のドアの鍵を開け、音を立てないように注意しながら細く開いた。
 うながされたドビーが覗くと、窓の前に少女が腰かけている後ろ姿が見えた。 栗色の豊かな髪を下ろして、腰のあたりまで垂らしている。 まだダニエルズの制服を着たままで、心なしか緊張している感じだった。

 そっとドアを閉めると、ドビーは片目をつぶって指を丸くしてみせた。
「いいぞいいぞ。 こ当人は駆け落ちしてるつもりなんだな」
 スコットはかすかにうなずいた。
「だから窓から学校を見張っているんだ。 妙な動きがあったらすぐ逃げ出せるように」
「飛んで火に入る夏の虫だな」
 ドビーはくすくす笑いながら、ハリーを促して階段を下りた。
「せいぜい機嫌を取って、しっかり捕まえとけよ。 今晩金を受け取ったら、どこへ行こうとおまえたちの自由だ」
「おまえたちこそしっかりやれよ」
 懸命にこらえた口調で、スコットは返事した。
「おまわりに取っ掴まらないようにな」
「そんなドジ踏むかい!」
 もう大金が手に入った気で口笛を吹きながら遠ざかる二人組を、スコットは燃えるような眼でしばらく睨んでいた。 そして、不良たちがゆるやかな坂を降りていくのを見届けてから、今度は大股で階段を駆け上がった。
 部屋の中では奇妙なパントマイムが演じられた。 フィリス、だったはずの人影は、今度は大っぴらに鍵を回す音が聞こえたとたんにぴょんと立ち上がり、頭に手をやって髪の毛をもぎ取った。
 するとその下にあったのは、耳のあたりでさらりとした赤褐色の髪を切りそろえた十二、三歳の少年の顔だった。 入ってすぐ戸を締め切ったスコットの前で、少年はきっちりした制服を脱ぎ捨て、シャツと半ズボン姿になって、蒸気機関車のような溜め息を吐いた。
「ふあーっ、女って大変だなあ」
「よくやった。 そら、約束の一シリング」
「ありがてえ」
 いっぱしのおとなのような口を聞きながら、少年は銀貨を空中に放り投げて、器用に後ろ手で受けとめた。
 スコットはまだ用心していた。 十五分ほど少年を部屋に引きとめておき、帰すときにも下まで降りて念入りに、不良たちが戻ってきていないか確かめた。
 それからようやく、彼は少年を解放した。
「もう行っていい。 だがすぐ金を使い始めるんじゃないよ。 どこから手に入れたか怪しまれるから」
「わかってるよ。 これは大事に貯めておいて、かあちゃんにクリスマス・プレゼントを買うんだ。 たぶんガチョウにすると思うよ」
 スコットは微笑した。
「いい子だ。 じゃあな、ネイト。 わかってるだろうが、ここで女の子に変装したなんて誰にも言うな」
「言うわけないじゃないか!」
 ネイト少年は耳まで口を広げて笑った。
「シシー(=女っぽい男)なんて言われて、からかわれたくないもん」

 ネイトを送り出した後、スコットはがらんとした部屋の隅々まで見渡して、忘れ物がないか確認した。 そして、ボストンバッグ一つを持つと、裏口から静かに下宿を後にした。

 トリシーがゴードン&ベナム建築設計事務所の秘書を口説き落として、スコットの現住所を聞き出し、銀行から戻ったロジャーと二人で駆けつけたとき、スコットはパディントンの駅に向かって歩いている途上だった。 五分の差で、コートニー夫妻はスコットを取り逃がしてしまったのだった。


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