心の連鎖 39
フィリスはゼラニウムの置いてある窓辺にもたれて、玄関灯に薄ぼんやりと照らされた入口を眺めていた。
時計はそろそろ零時近い。 先に寝ていてくれとスコットは言ったが、気持ちが落ち着かなくて、とてもベッドに入ることなどできなかった。
カチッと針が重なり、低い音が部屋の空気を揺らした。
「一つ、二つ、三つ……」
十二打つのを承知の上で、フィリスは声を出して数えていた。 ひとりぼっちの真夜中に時計が十三鳴ることがあると、学校でエイプリルが声をひそめて語っていたのを、都合悪く思い出してしまった。
「ほんとに嫌なことばっかり言うんだから。 七つ、八つ……」
そのとき、時計の鳴る音に別のかすかな響きが重なった気がした。 フィリスは急いで窓を開き、首を突き出した。
すぐに馬車が近づいてきて、玄関口の前で止まった。 中からスコットの長身が出てくるかどうか目をこらしていて、フィリスは数え方がおろそかになった。
「……、十一、十二、十三……十三?」
顔をしかめたとたん、願ったとおりのことが起きた。 すらりとした姿が馬車のタラップを降り、御者と一言二言ことばを交わしてから、玄関に吸い込まれた。
胸の高鳴りを心ゆくまで味わいながら、フィリスはドアに駆け寄った。 そして、扉が開くやいなやスコットの腕に飛びこんだ。
「フィリス」
柔らかい声が頭のすぐ上から落ちてきた。
「寝てなかったんだね。 服も着替えてないし。
でも丁度よかった。 ここを出ることになったんだ」
ぎょっとして、フィリスは顔を上げた。
「見つかりそうなの?」
少し間を置いて、スコットはうなずいた。
「あちこち引っ張りまわしてごめん」
素直に荷物を取りに行きながらも、フィリスは何か納得がいかなかった。
「アマンダがしゃべったのかしら……ううん、彼女はすごく口が固いのよ。 信用できるはずなのに」
「君はきれいで目立つからね」
スコットは微笑しようとしたが、うまくできなかった。
「駅で知ってる人に見られたのかも」
「そんな……そうね」
ないとは言えなかった。 ダニエルズ校は社会見学で週に一度は街を歩きまわっている。 どこかで誰かが生徒たちの顔を覚えていたとしても不思議はなかった。
「今度はどこへ移るの?」
また一瞬間があいた。
「北の方へ」
「戻るの?」
ますます驚いて、フィリスは声を高めた。 二人が現在泊まっているのは、ロンドンとサザンプトンのほぼ中間点にある、スポッツゲイトという田舎町の旅館だった。
フィリスを抱き寄せて髪を撫でながら、スコットは優しく言った。
「撹乱〔かくらん〕作戦だよ。 目くらましさ」
「わかった」
フィリスは少し安心して目を閉じた。 スコットに任せておけば大丈夫だと思った。 本心を言えば、こうやって戻ってきてそばにいてくれるだけでほっとしたのだ。 彼は既にフィリスにとって、実の兄のロジャーよりも頼もしい存在になっていた。
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