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表紙

心の連鎖 43


 駆け落ちだろうが誘拐だろうが、不名誉な点で変わりはなかった。 それが両方を兼ねていたとなると……
「学校には狂言だったと言っておく。 未遂に終わった駆け落ちだということにする」
 ロンドンが近づいてきてようやくロジャーが結論を口にすると、フィリスが涙声で答えた。
「ほんとにそうなんだから」
「黙れ!」
 激しく怒鳴りつけられて、フィリスはぷいっと窓の外に視線を向けた。 ロジャーはまだ収まらなかった。
「世間知らずのバカ娘が、いつまで夢のようなことを言ってるんだ! そいつは今ごろ船の上で金を数えて高笑いしてるんだぞ」
 船? 初めてフィリスの顔に動揺の色が走った。 スコットが船に? 外国へ行ってしまうの?
 眉を寄せて考えていたトリシーが、さりげなく口を入れた。
「でもちょっと変ね。 サザンホープ号は昨夜のうちに港を出たはずでしょう? じゃ誰がアマンダにフィルの居場所を知らせたのかしら」
 アマンダ! その名前を聞いた瞬間、フィリスの全身が板のように強ばった。
「まさか、アマンダがスコットのことを教えたの?」
「誘拐事件なのよ。 あなたの命が危ないかもしれないのに、友達として黙っていられる?」
 フィリスは反応しなかった。 しかし、錐のように鋭くなった眼には、はっきりと気持ちが現れていた。
 裏切り者。 裏切り者!
 不愉快そうに、ロジャーは体を揺すった。
「誰かに金をやって伝言を頼んだんだろう」
 本当にそうだろうか。 スコット・ロームという青年はサザンホープ号でニュージーランドに逃亡してしまったのだろうか。
 それなら一途に信じているフィリスがあまりにかわいそうだ、とトリシーは思った。 だがもう言葉にはしなかった。 空虚な慰めは誰のためにもならない。 犯人たちがフィリスを海外に連れ去らなかっただけ、まだしも傷は浅かったのだ。

 探偵は、ロジャーの指令通りにホテルで待機していた。 トリシーとフィリスを護衛して一足先に領地へ戻るよう依頼すると、ロジャーは単身でレイシー屋敷に馬車を向けた。

 レイシー夫妻はまたも留守で、家にいたアマンダは覚悟を決めた様子で奥から姿を現した。 そして、元気のない声で執事に告げた。
「翼の間でお話します。 グレイスにお茶を持ってこさせて」
「はい、お嬢様」
 アンダーソンはロジャーをさりげなく観察し、まぎれもない紳士であると判断して、静かに指示に従った。

 翼の間は、右と左に大きな出窓が張り出しているのでそう呼ばれていた。 新しもの好きのレイシー夫妻らしく、あちこちにラリクのスタンドやミュシャのポスターなどが飾られていて、クラシックな部屋が好みのロジャーにはあまり落ち着ける場所ではなかった。
 大人のような長いドレスを着たアマンダは、椅子にきちんと腰をかけ、怜悧な眼をまっすぐロジャーに据えて、彼が話し出すのを待った。
 ロジャーは単刀直入に切り出した。
「スコット・ロームという男は、今どこにいるのかね?」
 アマンダは真面目に答えた。
「旅に出ると言っていました。 行く先は言いませんでした」
「ということは、自分でフィリスの行方を知らせに来たと?」
「はい」
 アマンダの声が哀調を帯びた。
「彼はぎりぎりのところで戦っていたんです。 すべてはフィリスを守るためでした」


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