心の連鎖 45
それから五回、ガーランド屋敷は春を迎えた。 秋の終わりに荷物をまとめて地中海の別荘へ行き、若芽が淡緑色の木陰を広げる四月末に戻って来る生活を、コートニー一家は五年間規則正しく続けていた。
そのおかげか、トミーとダリルは、肺結核で世を去ったアランに似ているにもかかわらず、とても丈夫で活発な子供に育った。 ダリルなどは薄茶色に日焼けして、捕虫網を振り回しては蝶や甲虫、トンボを採集する毎日で、将来は昆虫学者になるのではないかと言われていた。
ダリルは虫が少ないイギリスに戻るのを嫌がっていた。
「ほらこれ、ボッダリリウスヨーロッパタイマイだよ。 羽のところの虎みたいな縞と、長い尾がきれいでしょ?」
きちんと厚紙の箱にピン止めされた蝶の標本を、ダリルは家族中に見せて回った。
「それでこっちはクジャクチョウ。 キアゲハはこれ。 少ししかいないから、捕まえるのに三日もかかっちゃった」
そして決まって言うのだった。
「イングランドに大きな蝶なんている? 鳥は一応いるけどさ、ピン刺して飾っておくことなんかできないでしょ?」
トミーはそれを聞いても平気で笑っていたが、フィリスはぞっとして胸を押さえた。 ピンで止められた動かない生き物たちが、自分の姿を象徴しているように思えてならなかった。
あの後、結局デビューは行なわれず、フィリスは高校中退のままコートニー家の一員として、冬は地中海へ、夏は本土へと移動生活を続けていた。
だからといって、おとなしくロジャーの軍門に下ったわけではない。 思いもよらない形で、フィリスはロジャーに静かな抵抗を続け、その結果、一部では非常に有名なイギリス婦人のひとりに数えられていた。
恋を失って、フィリスは別のことに打ち込むようになった。 猛烈に体を鍛え、まずヨーロッパ西地区の女子シングル・テニスのチャンピオンとなった。 それから次に乗馬の障害飛越競技に挑戦を始め、こちらも二年連続で女子部の優勝に輝いた。
悪いことをしているわけではないから、運動を禁止することはできなかった。 それにトリシーが夫を説得した。
「丈夫な体は丈夫な心を生むって標語があったじゃない。 女性でも鍛えてかまわないはずよ」
ロジャーは苦りきって、優勝カップを高々とかかげているフィリスの写真が載った新聞をテーブルに投げ出した。
「この格好を見ろよ。 これでも若い女か?」
確かに、一応スカートははいているが、髪を後ろで引っつめにし、黒縁の大きな泥除け眼鏡をかけた姿は、昔のセント・イノック高等女子学園の教頭先生そこのけだった。
深い溜め息を吐いて、ロジャーはどしんとソファーに腰を落とした。
「もうあの子は二十二だぞ。 日焼けと埃で真っ黒になって走り回ってる年か!」
「じゃ陰気にハンカチくわえて家にいろっていうの?」
「パーティー、お茶会、劇場巡り。 チャリティーショウに出たっていい。 何もボクサーのように縄跳びやダンベルで鍛えなくても、楽しみはいくらだってあるじゃないか」
一呼吸置いて、トリシーは静かに言った。
「社交はね、男女一組なのよ。 女同士で行ける場所は限られているし、あなたがクラスメイトから引き離してしまったからフィリスには友達が少ない。 筋骨隆々の仲間だっていいじゃないの。 いい話し相手になってるんだから」
ロジャーは眼を怒らせた。
「わたしが努力しなかったと言うのか? 良家の若者を何人も家に招待したはずだ。 誕生会もやった。 夏至のパーティーも開いた。 でもフィリスは男には見向きもしない。 それじゃ何か? 無理やり婚約を押し付ければいいのか?」
「そんなことしたら今度こそ家出されるわ」
「そうだろう?」
トリシーは夫の横に座り、がっちりした手に自分の手を重ねた。
「だから今のままがいいのよ。 スポーツクラブには男性も来るわ。 一緒には練習しないけど話すチャンスはある。
そのうちフィリスの心がほぐれてくれば、新しい恋が生まれるわ、きっと」
「わたしはそこまで確信が持てない」
ロジャーは低くぼやいた。
Copyright © jiris.All Rights Reserved