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黄金の日輪を越えて

第29章 告発
殺人事件の翌日、瀟洒なエラン侯の屋敷前に馬車が止まり、すばらしく美しい貴婦人が身軽に飛び降りた。
貴婦人は、まっすぐドアに突進し、廊下を駆け抜けて、フィリップの横に立っているマルゴを見つけるやいなや、両手を伸ばして走り寄った。
「マルゴ! マルゴ!」
遠慮会釈なくフィリップの体を押しのけると、エレはマルゴに飛びつき、息が止まるほど強く抱きしめた。 エレは泣いていた。
「許さない! どこにいて何をしていたか話さないうちは、絶対に許さないから!」
エレはすぐにもマルゴを自宅に連れていきたがったが、フィリップが離さなかった。
「ここはマルゴの家でもあるんだ。 ここに住むのが当然だよ」
珍しくフィリップがてこでも譲らないし、マルゴも同調したので、しかたなくエレは宣言した。
「それなら毎日入りびたってやる」
その次の日、パリの街に大量のビラがばら撒かれた。 そのビラには四行詩の形で、レースで着飾った人殺しがレストランを襲ったと書かれていた。
ビラは宮殿の中庭にも降ってきた。 警備兵が大急ぎで回収したが、その目を逃れた一枚を拾ったエレが、マルゴに見せに来た。 文面を見て、フィリップは力を失ってカウチに倒れこんだ。
「終わりだ。 わたしは破滅だ!」
「どうして!」
事情を知らないエレが訝るので、フィリップは元気のない声で説明した。
「この意地の悪い予告を見ろよ。 共犯の貴族たちの名を、明日から一日一人ずつ公表するって」
エレはまだ納得いかなかった。
「だから?」
「だから、わたしは何番目になるのかなと……」
「フィリップ!」
エレは激怒した。
「この人殺しの仲間だったのか? なんてとんでもないことを!」
ソファーの端で、マルゴは考え込んでいた。 ビラを作るのはヤミ詩人だと、警官は言った。 それでは、これを書いたのは……
犯人を一人ずつ名指しする、という手法が大衆の興味をそそって、ビラは大評判になった。 パリ警察は警官を総動員して、必死でヤミ詩人を捜索したが、彼を逮捕することは出来ず、次の日に、2枚目のビラを撒かれてしまった。
最初に告発されたのは、若手のドリュージュ子爵だった。 町じゅうが話題で沸騰しているので、国王は無視することができなくなって、子爵を自ら尋問し、バスティーユ牢獄に放り込んだ。
3枚目で公表された名前は、恐妻家のドブレ男爵だった。 彼は故郷のノルマンディーに追放される羽目になった。 予告によると、犯人と共犯者はあわせて5人だった。 残りは3人。 世論は沸き立った。
「やっと一緒に住めるようになったのにな」
あれこれ指図して荷物をまとめながら、フィリップは嘆息した。 しかしマルゴは応えず、大きく開いた窓からぼんやり庭木を眺めていた。 その様子を見て、フィリップはすねた。
「なんだよ。 冷たいんじゃないか?」
「悪い人と遊びまわるからよ」
「でもな……」
言いかけて、フィリップはやはり口ごもってしまった。 そして、竜頭蛇尾につぶやいた。
「逆らえない相手なんだよ」
あのチビ貴族はそんなに身分が高いのか・・・・マルゴは違和感を覚えた。 あの春の日、船着場で、彼はそんなに尊敬されているようには見えなかった。 むしろバカにされている雰囲気だったのだ。
実を言うと、マルゴはフィリップよりジュールの方が心配だった。 フィリップは悪くて入牢だが、ジュールは捕まったら殺されるのだ。 正義は大事だけれど、命はもっと大事・・・・マルゴはそう、ジュールに呼びかけたかった。
発表された3人目は、フィリップではなかった。 まだビラが町を乱舞しているので、国王はヒステリーを起こしかけているという噂だった。
「もう明日がわたしの番だ。 決まりだな」
じりじりと追いつめられて、寝不足らしく、フィリップの眼は赤かった。 勝手にワインの瓶を出してきてグラスに注ぎ、1つをフィリップに渡しながら、エレがさりげなく言った。
「宮廷でもっぱらの噂だけど、下手人は王弟なんだってね」
たちまちフィリップはワインにむせ返った。 ぎょっとして、マルゴは彼の腕を掴んだ。
「そうなの?」
フィリップは直接には口に出さなかったが、具合悪そうな表情がすべてを語っていた。 マルゴは、我を忘れて彼を揺さぶった。
「ねえ! どうして? なぜ王弟が私を探すの?」
「知らないよ!」
見え透いた嘘をつくとき、フィリップはいつも口がふるえる。 このときもそうだった。
エレも、目を細めてフィリップをながめた。
「いや、あんたは知ってる。 吐きなさい!」
「だから知らないんだ!」
大声で叫ぶなり、フィリップは部屋を飛び出していってしまった。
翌日、ビラを刷っていた印刷所が摘発された。 同時に、ぴたりとビラが途絶え、ヤミ詩人は死んだという噂が、口伝にパリの町を走りぬけた。
ほっとしているのはフィリップだけだった。 マルゴは部屋に閉じこもり、泣いて泣いて泣き尽くした。
ジュールは死んだ。 殺されてしまった。 美しい顔を、声を、そして命を奪われた……
「好きだったのに」
マルゴは震えながら呟いた。
「愛せたかもしれないのに。 もし私に恋をする資格があったなら……」
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