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黄金の日輪を越えて

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第32章  パーティーの始まり


〔この回には男性同性愛系の話が後半に出てきますので、お嫌な方は飛ばして下さい〕


 宮中での園遊会に招待されて、珍しくエレが来ないその夕方、マルゴは店の帳簿を取りかけ帳と照合していた。
 そこへ、同じ園遊会に出席していたはずのフィリップが、青い顔で戻ってきた。 マルゴは書類から顔を上げて尋ねた。
「どうしたの?」
 傍の椅子にどしんと座り、フィリップは額の汗を拭いた。
「厄介なことになった」
「どんな?」
 まさか自分のこととは思わず、マルゴは上の空で訊き返した。 フィリップは、叩かれた犬のような眼で、マルゴを見た。
「実は、王弟が……アンジュー公が、君を招待してきたんだ」
 マルゴの手から、羽根ペンがぽろりと落ちた。 フィリップは立ち上がり、落ち着きなく部屋を歩き回った。
「ことわることはできないが、できるだけ君を守る」
「いいのよ」
 マルゴは元気なく言った。
「もうさんざん守ってもらったから。 私が王弟の館で消えても、あなたのせいじゃない」
「やめてくれよ!」
 フィリップは足を踏みならした。
「殺されたりしないよ。 少なくとも、目につくところでは」
 あまり慰めになっていない言葉だ。 マルゴはふっと息をつき、立ち上がって書類をしまった。

 直接宴会場へ行く前に、フィリップはマルゴを、王弟の奥方であるアンリエット・ダングルテールの部屋へ連れて行った。
 アンリエット妃は、細面の美しい女性だった。 小さいときからフランスで育ったので、母国語の英語よりフランス語の方がうまいと言われていた。
 小さな犬を膝に乗せて座った妃は、マルゴを気さくに迎えた。
「エラン侯のお友だちね。 噂通り、きれいな方だわ」
「お妃さまこそ」
 マルゴは足を引いて深く頭を垂れた。 アンリエットは笑った。
「そんなに堅苦しくしないでいいのよ。 どうせここは乱れ切っているから」
 苦々しい口調だった。
「あの男、あの放蕩者のロメーヌ伯が、私の夫をたぶらかして、悪の道に引きずりこんでいるの」
 うつむいたまま、マルゴは答えなかった。 そんなはずはない。 アンリエット妃は、誤解しているのだ。
 アンリエットは、愛犬のミミを侍女に渡して、立ち上がった。
「あなたも見ればわかるわ。 間もなくパーティーが始まるから」
 そのとき、背後の扉が開いた。 フィリップが頭を下げたので、マルゴは鼓動が速まるのを感じながら、顔を上げずにお辞儀した。 脚が4本見える。 2本は短く、2本はすらっと長い。 短いほうの脚が妃に近づき、気取った口調で言った。
「エランの恋人が来ているそうだが」
「この人です」
 アンリエット妃が手招きしたので、マルゴは仕方なく、壁際から歩み出た。 王弟の冷たい視線がマルゴを射た。 妃とほとんど変わらない身長で、頬と唇が赤い。 隣にいるジュールより、頭1つ分ぐらい低かった。
 じっとマルゴを眺め回すと、すぐ興味をなくした様子で、王弟はジュールにしなだれかかり、手を伸ばして愛しそうに頬を撫でた。 とたんにアンリエット妃が柳眉を逆立てて叫んだ。
「ここでまでそんな真似しないで!」
 まったく無表情のジュールが、かがみこむようにして王弟に何かささやき、二人はそろって出て行った。 憤然として、妃はつぶやいた。
「いったい何しに来たのかしら」
 私を見に来たんだ、とマルゴは思ったが、口には出さなかった。

 濃赤のどっしりしたカーテンを張り巡らせた大広間は、いくつも置かれた小型テーブルに果物や酒、ボンボンなどが山盛りになっており、大理石の床には、足首まで沈むほどの、分厚い絨毯が敷かれていた。
 フィリップに手を引かれてマルゴが中に入ったときは、すでに宴会は始まっていて、部屋のあちらこちらから、くすくす笑いや、甘い嬌声が立ちのぼっていた。
 燭台がいくつか置いてあるのだが、カーテンを締め切っているので薄暗く、マルゴは何かにつまずきそうになった。 下を見ると、その柔らかい物体は、裸の女だった。 ほとんど裸の男とぴったり抱き合っている。 あわてて視線をそらして、マルゴはフィリップの背中にしがみついた。
 部屋の真ん中は広くあいていて、10人ほどの男女が車座になっていた。 一応服を着ているが、フィリップが床のクッションに腰を下ろしたとたん、横にいた若い女が胸をはだけて迫ってきたので、マルゴは思わず首を縮めた。
「ねえ、ここは無礼講よ。 恋人は人に任せて、私とあっちで、ね?」
 フィリップはきょろきょろしながら囁き返した。
「今日はちょっと、まずい」
「なーんだ、彼女のお尻に敷かれちゃってるのね」
「ちがう!」
 しっしっという感じで女の手を押し返しながら、フィリップは口の形だけでしゃべった。
〔あ・と・で〕
 ふん、という表情で、女は横を向いてしまった。
 フィリップの背後から、マルゴは眼だけ出して様子をうかがっていた。 斜め前にジュールがいる。 王弟がその膝に頭を載せていた。 なんでこの人たちは黙って座っているんだろう。・・・・マルゴが不思議に思ったとき、奥の扉が開いて、従僕が男の子を連れ込んできた。
 絹のような薄茶色の毛をした、かわいい子供だった。 王弟が起き上がり、笑顔で手を差し出した。
「おいで。 いい思いをさせてあげるよ」
 少年はぐるっと人々を見回した。 明らかにおびえている。 落ち着きなく動く少年の視線が、同情に耐えずに見守っていたマルゴの眼と合った。 とたんに少年は走り出した。 そしてマルゴにすがりつき、胸に顔を埋めた。
 ちょうどタンタンと同い年ぐらい・・・マルゴは少年を抱きしめ、背中をやさしく撫でた。 とたんに王弟がいらだった声を出した。
「何をしてるんだ! こっちへ連れてこい!」
 怒鳴られた従僕は、急いでマルゴの手から少年を引きはがした。 服を脱がされかけた少年は泣き出し、悲鳴を上げた。 マルゴも涙が出てきた。 
 そのとき、ジュールが不意に言った。
「この子は小さすぎます。 やめてください」
 一度に座が白けた。 王弟は興奮をさまされて、血走った目でジュールを見た。 それから皮肉な笑いを浮かべ、
「それなら君が相手をしてくれ」
と言った。
 マルゴは息ができなくなった。 こんなことって……
 ジュールは、ゆっくり服を脱ぎはじめた。 ロウソクに照らされた薄暗い広間で、ジュールが見せた体は、マルゴが昔知っていたかぼそいものではなく、すらりとしてはいたが完璧なアポロの肉体だった。
 王弟は、熱に浮かされた顔でジュールの肩を掴んだ。 その瞬間、ついにマルゴは忍耐の限界を超えた。 口を手で押さえて走り出したマルゴを見て、
「フィリップ! 君の恋人はまるで処女だな!」
という野次が飛んだ。



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