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黄金の日輪を越えて

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第34章 強制結婚



 ジュールのローマ追放を、王弟は怒り、悲しみ、毎日のように国王をかきくどいた。 しまいに音を上げた国王は、人をやってジュールをフランスに呼び返すことにした。
 ところが、思ってもみない事態になった。 ジュールは帰ってこないのだ。 何度使いを出しても、ここにいるほうがいいという返事。 王弟は泣きわめき、国王はほとほと困り果ててしまった。
 彼なりに悩んだ末、王弟は兄に提案した。
「マルグリット・ド・サンマルタンという女と結婚させてやると言ってみてください。 ジュールはその女に興味を持っていますから」
 それならお安い御用だ、と、王は手紙を持たせてやった。 すると、ジュールはあっという間にフランスに戻ってきた!
 この結婚話を聞いてフィリップがどう感じたか、想像にあまりある。 怒りに上ずったフィリップは、王と怒鳴り合いを演じて、危うく入牢させられるところだった。
 フィリップは屋敷に飛んで帰り、口角泡を飛ばして、マルゴにこの途方もない結果を話した。 マルゴは無表情で聞いていた。 あまりのことに、物を言う気にさえなれなかった。
 やがて気が滅入って頭ががんがんしてきた。 確かに手紙では、できることは何でもすると書いた。 しかし、これは『できないこと』なのだ。 マルゴが気持ち悪くなって床についたので、フィリップはあわてて医者を呼んだ。
 フィリップから知らせを受けて、エレは一目散に王のもとへ駆けつけた。 そして、ひざまずいて頼んだ。
「どうかお願いです。 この結婚だけはやめてください」
 王はあきれて首を振った。
「どこが悪い。 おまえもフィリップも、どうかしているぞ。 もう決まったことなのだ。 今さら取り消すわけにはいかない」
「それでは」
 エレは必死だった。
「これだけは必ずロメーヌ伯にお伝えください。 結婚といっても形だけだと。 マルグリット嬢は、身を許すつもりはないと」
 王は、何ともいえない表情で妹を見返した。
「形だけに決まっているではないか。 相手があの男では」
「それでも曲げてお願いします」
 王は溜め息をついた。

 ローマから帰ってきたジュールは、国王からの金品や宝石の贈り物リストを無関心に聞いていた。 しかし、マルゴとの結婚の条件として、床を共にしてはならない、と言われたとたんに、真っ赤になって口もきけない有様になった。
 王はびっくりしてジュールを眺めた。
「この条件が、そんなに気にさわったか?」
 ジュールは押しつぶした声で答えた。
「わたしを侮辱するために付けた条件に腹が立たないわけがないでしょう。 相手がそのつもりなら、わたしにも考えがある。 婚姻不履行で訴えて、財産を丸ごと取り上げてやります。」
 王は吐息を漏らし、
「結婚すれば、それも夫の権利だから、感心はしないが干渉もしない」
と答えた。

 翌日、エレは国王から耳打ちされた。
「失礼な条件を出したから、ロメーヌ伯はかんかんだ。 彼は怒らせると怖い。 なんとかなだめなさい」
 参ったな・・・・悩みながらマルゴに会いに行ったエレは、おりしも玄関で案内を乞おうとしている大柄な従者を見つけて、声をかけた。
「あなた確か、ロメーヌ伯爵のところの」
「コロンビエと申します」
 賢そうな若者は頭を下げた。 エレの眼が光った。
「サンマルタン嬢に用事?」
「はい、手紙をお渡しするようにと」
「私が代わりに持っていくわ」
 コロンビエは困った。
「え、でも……」
「彼女は床についているの。 必ず渡すから」
 半ば強引に、エレは手紙を受け取り、家の中に入るなり、開けて読んでしまった。 それは呼び出しだった。 テュイルリー宮殿の庭園で4時に待つ、と書いてある。 エレは一瞬考え、そして決断した。

 宮殿の前で、エレは馬車から転がるように降り、小走りに歩き出した。
 美しい庭園の真ん中あたり、よく目立つところに、目立つ男が一人で立っていた。 彼はエレには目もくれなかった。 だがエレはまっすぐ彼に歩み寄り、強引に腕を取った。
「少し歩きましょう」
 ジュールは不愉快そうにエレを横目で見た。
「人を待っているんです」
「代理で来たの」
 ジュールの足が止まった。
「そういうことなら、また……」
「待って!」
 エレは、大きな青年の前に立ちふさがった。
「国王にあの条件を申し出たのは、私です。 マルゴは何も言っていません」
 初めてジュールはエレに注意を集中した。「あなたが? 何の関係があるんです?」
 そこでエレは、はたと困った。 説明できるものならしたいが、まさかマルゴが刺客より危険な人間だとは……
「マルゴは、あの……男の人が苦手なんです」
「フィリップは例外なのですか?」
 皮肉をこめた口調に、エレは一瞬目をつぶった。
「エラン侯は、それこそこの話に関係ありません。 つまり……」
 真実を語れないもどかしさに、エレはわめき出しそうになった。
「今のままでも友情は築けるでしょう? 無用なごたごたは起こさないでください。 店の権利がほしいなら、マルゴは喜んで譲るはずです。 慰謝料として」
 ジュールは手袋を直しながら、平然と答えた。
「ありがたいですね。 商売とサンマルタン嬢と、両方いただきましょう」
 エレは息を詰まらせた。
「わかりました! マルゴは王の命令に従います。 だから、あなたも従ってください。 形式上の夫として、彼女を保護していただけますね?」
 ジュールは、まっすぐ前を見すえて答えた。
「結婚すれば、夫というものは一定の権利を持ちます。 国王もそのことは充分ご存知で、式を挙げた後は関知しないとおっしゃいました」
 エレは飛び上がった。
「それではあなたは……! まさかマルゴに妻の義務をせまるつもりではないでしょうね!」
「何をそんなに驚いておられるのです。 わたしはとっくに成年に達しています。 跡継ぎを欲しいと思うのは、不思議でもなんでもありません」
 これが逆上せずにいられようか! エレは上ずった声で叫んだ。
「だめ! だめ!」
 聞こえなかったように、ジュールは冷静に続けた。
「わたしは12人兄弟です。 少なくとも半分の6人は子供が欲しい。 さいわいサンマルタン嬢は丈夫そうだし……」
「このわからず屋!」
 たまりかねて怒鳴ると、エレは踵を返して走り出した。
 はあはあ言いながら道まで出て、エレは拳を握って空を仰いだ。
「忠告してやってるのに! バカ! あんたが首切られて死ぬところなんか、私もマルゴも見たくないのに!」



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