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黄金の日輪を越えて

第37章 障壁
エレが探りを入れたところでは、ジュールは王弟の館に行ってはいなかった。 宮殿の部屋で寝泊りしているらしい。 エレはマルゴをひとまず自分の部屋に入れることにして、馬車でルーブル宮に送った。
マルゴは、分厚いヴェールをかけて、宮殿の廊下を歩いていた。 部屋を訪ねる勇気はない。 偶然を頼みにもう一時間も歩きまわっていた。 さすがに疲れて、柱に手をかけて足先を揉んでいたとき、ふと見上げた階段の上から、ジュールが一人で降りてくるのが見えた。
マルゴとほぼ同時に、ジュールも気づいた。 二人は立ったまま、じっと見つめ合った。
先にジュールが動きかけた。 ところがそのとき、横から不意に足音がして、大きな手がマルゴのヴェールをめくって覗きこんだ。
マルゴがたじろぐのと、ジュールが唇を引きしめて階段を駆け下りるのとが同時だった。 だが、めくった張本人は、熊ン蜂のような低いバスの声で、嬉しそうに叫んだ。
「やはりそうだ! マルグリット・ド・サンマルタン! どこに消えていたんだ。 ずいぶん心配したんだぞ」
言うなり、フランソワ・ダンジャン侯は軽々とマルゴを持ち上げて振り回した。 フランソワは、やたらに喜んでいた。
「もう何年になる? 5年、そう、5年以上だぞ。 悪い子だ。 あんな紙切れ一枚置いて出ていっちまって、友だち甲斐のない女だよ、君は」
ジュールだけでなく、周囲にいた人々は皆びっくりして二人を眺めていた。 ダンジャン侯は決して人前で女と抱き合ったりしない硬派として知られていたからだ。
そこで5年前を思い出して、フランソワは顔をしかめた。
「へんてこなヴェールをしているわけがわかったぞ。 従兄殿に見つかりたくないんだな。 あの女たらしにも困ったものだ」
マルゴはあわてて、思わずフランソワの口に指を当ててしまった。
「シーッ、そんなことをおっしゃってはいけませんわ。 ここは宮中です。 お名にかかわりますよ」
フランソワは豪快に笑い出した。
「よしてくれよ、マルゴ! 君にそんな言葉を使われると、むずむずするよ。 わたしを牛のお産でこき使った昔を忘れたのか?」
マルゴは真っ赤になった。 フランソワの声はよく響くのだ。 これではどこまで暴露されるかわからない。
「侯爵様!」
「フランソワと呼んでくれ。 さもないと下ろさないぞ」
「……フランソワ」
根負けして、マルゴも笑顔になった。
やっと彼の腕からすべり降りて、マルゴはやさしく言った。
「あなたは昔のまま。 気さくで、思いやりがあって」
「それに無骨だ。 これは一生治らん。 それにしても……
フランソワは真顔になった。
「なぜここに? うちへ戻ってくれるのか?」
「いいえ、あの……ロメーヌ伯爵と結婚……したんです」
声が小さくなった。 フランソワは唖然として、まずマルゴを、それから、少し離れたところから見守っていたジュールを見つめた。「結婚? 君たちが?」
ジュールは固くなって立っていた。 フランソワは、うさんくさそうにもう一度ジュールを眺めた。
そこで彼は、噂を思い出してしまった。
「そうだ。 確かエランの恋人を横取りして財産を乗っ取ったとか何とか……!
マルゴ! なぜわたしのところへ来なかった! おっちょこちょいのフィリップなどを頼るから、こういう目に遭うんだ!」
マルゴが必死に目配せするのにまるで気づかず、フランソワは一気に言い終えた。
「わたしが片をつけてやる。 この男は前から父に取り入って気に食わなかったんだ。 いい機会だ」
マルゴは精一杯の力でフランソワを押さえ、素早くささやいた。
「フランソワ、そっとしておいて。 お願いだから。 彼は私の大切な人なの」
剣の柄にかけた手を止めて、フランソワはマルゴを見た。 それから、不意に顔色を変えて、ジュールに視線を戻した。
まばたきもせずに美貌の青年を見据えたまま、フランソワはぽつりと言った。
「そうか、月夜のセレナーデか……」
たちまちジュールの顔が真紅に染まった。
フランソワは、なかなか信じきれずに、幾度も首を振った。
「君が……どんな女からもひたすら逃げていた君がなあ」
それから、不意に明るい顔になって、マルゴの両頬に音を立てて接吻した。
「結婚おめでとう! よかったな、マルゴ」
「ありがとう」
と、マルゴは神妙に答えた。 フランソワは、笑いの残った顔をジュールに向けて、手を差し出した。
「君にもおめでとうを言おう。 マルゴはすばらしい女性だ。 改めて言うまでもないが」
ジュールは、ためらいがちに歩み寄って、その手を握った。
そこへ、ダンジャン侯夫人エレが通りかかった。 そして、この思いがけない握手を見て、顔を強ばらせた。
「そうなの。 仲直りしたの。 いいわね、男同士は。 何でも許し合えて」
フランソワは背をそらして妻をにらんだ。
「何を言う。 そもそもなぜロメーヌ伯と結婚したのがマルゴだと教えてくれなかった」
エレはつんとした。
「あなたはスペインやらイギリスやらに出かけていたじゃないの。 それに、私に聞けばいつでも教えてあげたわよ。 何ヶ月も前から」
「何ヶ月も!」
フランソワは怒って真っ赤になった。
「大切なことは何も言わないんだな。 国王とこそこそしてばかりで」
「変な想像しないでよ。 王様とはなーんにもないんだから」
「あってたまるか!」
たまりかねて、マルゴが仲裁に入った。
「私のことで喧嘩しないで。 ふたりとも大好きだから、つらいわ」
エレは口を尖らせたが、一応黙り、ジュールに近づいて、真面目な口調で話しかけた。
「テュイルリーでの失礼を許してください、ロメーヌ伯爵。 すべて私の誤解でした。 心からお詫びします」
それから彼女は脱線した。
「夫というのは乱暴でがさつなものと思いこんでいましたから」
ジュールは眼を伏せて、低く答えた。
「男はそうなりやすいものです。 相手に心が通じないときは」
不意にフランソワが顔をそむけて、大股で歩み去っていった。 ジュールは差し出されたエレの手を取り、和解の印に軽く口づけた後、一瞬マルゴを見つめてから、静かに立ち去っていった。
その晩マルゴは、久しぶりにエレと1つベッドで寝た。 ふたりとも何かうれしくて、とりとめのないことを朝まで話しこんでしまった。 ベッドに腹ばいになりながら、エレが言った。
「顔見せは済んだね。 次は、どうやって安全に会うかだけど」
「直接会えなくてもいいの。 顔さえ見られれば」
「いじらしい事言うなあ」
エレはマルゴの額をちょんとつついた。
「でも遠慮してたら王弟の思うつぼだよ」
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