表紙

60 捜索


 アルマンドがたどりついた河岸は、昨日とはうって変わって、火影と舟の群でにぎわっていた。 ざっと見渡しても10隻はいる。 この中から昨夜の舟を発見するのは至難の業だ。 アルマンドはがっかりした。
  カルナヴァルの間はだめだろうか。 でも、ああいう商売の女性にしたら稼ぎ時だから、必ずここに来ているだろうに。 考えるとやりきれなくなったアルマンドは、懸命に頭をひねって、あることを思いつき、駆け足で街に走り戻っていった。

  アルマンドの足は、一直線にエットーレの酒場へと向かった。 入口付近でマスクを取り、中を覗くと、大歓声が迎えてくれた。
「よう、アルマンド! 今朝からどこへ消えてたんだい! こっちへ来いよ。 さあ、飲もうぜ」
  体全体を大きく動かして酒場の隅々まで眺めながら、アルマンドは尋ねた。
「パオロは?」
「いるよ。 おーい、パオロ!」
  奥から、女の胴衣を首に巻き、目が顔の真ん中に寄ってしまった青年が、おぼつかない足取りでよろめき出てきた。
「ほい、アル、アルマンド、やっと来たか」
「アルと呼ぶな。 嫌いなんだ」
  冷たく言うと、アルマンドはパオロの襟を掴んでぐっと引き寄せた。
「グジョーニの角、知ってるよな」
「もちろん」
  パオロはよく回らない舌で答えた。
「じゃ、あそこで客を取ってる女を、全部言えるか?」
「さてね」
  パオロは考えこんだ。
「まあ7割はわかると思うが」
「とりあえず7割でもいい。 教えろ!」
「ちょっと待て」
  ふらつきながら、パオロは集中しようとして、天井を見上げた。
「ええと、オリザだろ、ミカエラだろ、マルタにグエンダリーナにウルスラ……それぐらいだ」
  5つ指を折って、アルマンドはすべての名前を覚えこみ、パオロの襟を解放してやって、肩を叩いた。
「ありがとう、恩に着るよ」
「じゃ、酒おごれよ!」
  もうドアに飛びついて引き開けながら、アルマンドは言い残した。
「それ以上飲むと運河に落ちる。やめとけ!」


 パチッと窓につぶての当たる音で、スザンナは身を起こした。 続いてもう一回、パチッ。
  間違いなく、リカルドの合図だ。 スザンナは立ち上がると窓をあけた。
  濃い緑色のマントをまとったリカルドが、素顔のまま手を振っていた。 そして、スザンナが上がってきてと合図すると、身軽に木を登ってバルコニーに這い上がってきた。
  すぐに恋人の胸に飛び込んで、スザンナは一刻も早く伝えたかったことを口にした。
「リカルド、喜んで! クリスティーナが婚約したの!」
「え?」
  あまり驚いたので、空気の抜けたような声になって、リカルドはあえいだ。 ずっと望んできたことが、予告もなしに不意に叶えられると、なかなか信じられないものだ。 だからリカルドは懐疑的になった。
「ほんと? また君のお父さんが断っちゃうんじゃないのか?」
「今度は絶対ない」
  確信を持って、スザンナは言い切った。
「相手が相手だもの。 聞いて。 今朝うちに求婚に来たのは、あのアルマンド・レジオーニなのよ!」
  今度こそリカルドは一笑に付した。
「まさか! 絶対ない! 冗談にしてもやりすぎだよ。 天下の遊び人アルマンドが、クリスティーナにプロポーズだって? だいたい、どこで会ったんだい」
「会ってないのよ」
  そこがスザンナにも不思議なところだった。
「見てないくせに、不意にやってきて結婚を申し込んだの。 父も信じられなくて、今日の午後いっぱいかけて調べたのよ。 でも絶対に本気なんだって。 アルマンドって帳簿付けの天才だったらしいわ」
「へえ」
  リカルドはびっくりした。
「一日中遊んでいて、いつ帳簿付けなんか!」
  そこで彼は、さっき目撃したことを思い出した。 そして、疑い深いしかめっ面になった。
「待てよ。 あいつが心を入れ替えたなんて信じられないな。 さっき酒場にやってきて、グジョーニ街にいる娼婦の名前を全部教えろとパオロに言ってたよ」
  たちまちスザンナの眼が吊りあがった。
「何ですって! 婚約したその日に、娼婦!?」
「シッ、声が大きいよ。 クリスティーナに聞こえたらかわいそうじゃないか」
「だって」
「黙っていよう。 ね? 僕たちの未来のために」
  スザンナは割り切れない表情で最愛の恋人を眺めた。
「でもね」
  笑って、リカルドはスザンナの腰を抱えた。
「クリスティーナはアルマンドと結婚するのを承知したんだろう? 本決まりになったら、後はいよいよ僕たちの番だ。 うれしいよ、スザンナ、やっと実感が湧いてきた。 今度こそ一緒に暮らせるんだ!」
「そうね……」
  スザンナもようやく笑顔になって、リカルドと共にそっと寝室に入っていった。








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